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花火の掛け声、どうして「たまや」「かぎや」なの?由来や意味とは?

   

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花火を見ている時「た~まや~!」「か~ぎや~!」と掛け声が聞こえてきたことはありませんか?

夜空を彩る花火を眺めていると、思わず歓声があがってしまうほど素晴らしい花火がいくつもありますが、その歓声のなかに「たまや」「かぎや」という掛け声も混じっています。

この「たまや」と「かぎや」とは、なんのことなのでしょうか?

今回は、花火の掛け声について調べてみましょう。

 

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花火はいつからあるの?

 花火のもととなる火薬は、2000年ほど前に中国で発明されたといわれています。

相手を威嚇するためや、打ち込んで火事を起こさせるような武器として火薬が使われていましたが、13世紀になるとヨーロッパに伝わり、花火が作られるようになります。

16世紀にはイングランドで花火技術が大きく進歩し、王室の結婚式や戴冠式などのときに花火を楽しんだ記録が残っているそうです。

日本では、1543年に種子島へ鉄砲が伝来したときに火薬が伝わり、種子島から日本中に広まって行きました。

鉄砲伝来とともに花火も作られていたという説もありますが、日本で花火が作られるようになった時期は定かではありません。

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日本で最初に花火を見たのは徳川家康だといわれていますが、それ以前にも伊達政宗が最初だとする説もあります。

日本最初の花火大会は、享保18年(1733年)の両国の花火で、現在の隅田川花火大会の原型だといわれています。

この前年、享保17年は西日本で大飢饉があり、江戸ではコレラが流行り、多くの人が亡くなりました。

これらの犠牲者を弔い供養するために、花火大会が行われたそうです。

  

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「たまや」「かぎや」の由来と意味は?

○たまや=玉屋

○かぎや=鍵屋

 これは、江戸時代に有名だった花火師の屋号(店名のようなもの)です。

鍵屋と玉屋は、両国橋を挟んで下流を鍵屋が、上流を玉屋が受け持って花火を打ち上げるようになり、花火見物の観客たちが「より美しく素晴らしい」と思った方の花火を賞賛する意味を込めて、屋号を呼ぶ声が上がるようになりました。

このとき、玉屋が圧倒的に支持されたことから、現在でも花火の掛け声は「たまや」が多いといわれています。


○鍵屋とは?

 鍵屋は、1659年に初代弥兵衛が創業した花火屋で、2016年現在は15代目が引き継いでいます。

鍵屋の守護神であるお稲荷さんの狐が、一方は鍵を、もう一方は玉を咥えていたことから、鍵をとって屋号を「鍵屋」としたそうです。


○玉屋とは?

 玉屋は、八代目鍵屋の番頭だった清七が、1810年に暖簾分けをして立ち上げた花火屋です。

お稲荷さんのもう一方の狐が玉を咥えていたことから、屋号を「玉屋」としたそうです。

暖簾分けをした玉屋の花火は、鍵屋よりも人気があり、掛け声も「たまや」が多かったと言われていますが、1843年に玉屋から出火して大火事を起こしてしまい、江戸を追放されてしまいました。

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 「たまや」も「かぎや」も、江戸時代の屋号だったことがわかりましたね。

玉屋はわずか一代で家名断絶となってしまいましたが、江戸を追放されたあとも江戸の町民たちが語り継ぎ、花火の掛け声として残っています。

鍵屋は15代目が引き継ぎ、今年もたくさんの場所で美しい花火を打ち上げてくれることでしょう。

花火を見に行くときは、江戸時代に競い合った玉屋と鍵屋のことを想像しながら見るのもいいかもしれませんね。

 

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