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「いろはにほへと」の続きと意味とは?作者は誰?覚え方は?

      2017/11/25


 

順番を数える時、「1,2,3・・・」と数える代わりに、「い、ろ、は・・・」と数えることがありますことがありますよね。

また、日光東照宮で有名な栃木県日光市にもカーブの順番を「いろは」で数えていく「いろは坂」というものがあります。

かつて日本語における順番法として「いろは順(いろはにほへと順)」が広く用いられていましたが、現在はほぼ五十音順(あいうえお順)に取って代わってしまいました。

最近はお目にかかることがめっきり少なくなってしまった「いろはにほへと」ですが、続きを全部ご存知の方はどれくらいいらっしゃるでしょう?

今回は「いろはにほへと」について調べてみました。

 

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「いろはにほへと」の続きと意味とは?

「いろはにほへと」は「いろは歌」と呼ばれており、七五調(7音・5音の順で繰り返す形式の詩のこと)で作られています。

まずは、すべて仮名で書いてみましょう。

 

いろはにほへと ちりぬるを

わかよたれそ つねならむ

うゐ(い)のおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑ(え)ひもせす

 

このように、すべての仮名が重複せずに作られていますので、「いろは順」として順番を数えるときや番号付けなどに広く利用されていました。

昔は上記の47文字だけでしたが、今は「ゑひもせす」の後に「ん」をつけくわえて48文字とすることも多いようです。

 

 

仮名だけですと意味がわかりずらいですので、漢字を使って直すと次のようになります。

 

色は匂へど 散りぬるを

(香よく咲く色とりどりの花も散ってしまう)

我が世誰ぞ 常ならむ

(この世は誰にとっても永遠ではない)

有為の奥山 今日超えて

(無常の現世という深い山を今日超えれば)

浅き夢見じ 酔ひもせず

(儚い夢をみることも、現世に酔いしれることもないだろうに)

 

この歌の意味は明確なものはなく、さまざまな解釈があると言われていますが、仏教の思想を歌にしたというのが一般的な解釈で、歌にある「有為」というのは、仏教用語で「因縁によって起きる一切の物事」という意味があり「無常の現世をどこまでも続く深い山に喩えたもの」とされています。

 

また、いろは歌には、暗号が隠されているともいわれています。

その暗号から、いろは歌は本当は怖い意味がある、呪いの歌であるといった都市伝説的な解釈もあるようです。

現在は七五調のいろは歌が主流ですが、古い文献の一部では7文字ごとに区切って書かれていることがあります。

7文字ごとに区切ると以下のようになります。

 

いろはにほへ「と」 

ちりぬるをわ「か」

よたれそつね「な」

らむうゐ(い)のお「く」

やまけふこえ「て」

あさきゆめみ「し」 

ゑ(え)ひもせ「す」

 

最後の1文字を繋げると「とかなくてしす」となり、漢字では「咎(とが)無くて死す」となります。

これは「私は無実の罪で殺される」という意味になり、無実の罪をきせられた人が殺される前に残した歌で、遺恨が込められているといわれています。

そのため、「いろは歌は呪いの歌」「いろは歌の本当の意味は怖い」といわれているのだそうです。


「いろは歌」の作者は誰?

作者が誰なのか諸説ありますが、明確なことはわかっていません。

昔から、いろは歌の作者は空海(くうかい)ではないか?という説がありますが、これはいろは歌が仏教の教えに通じることと、これだけ深い内容の歌をすべての仮名が重複しないように作ることが至難の業なのでそれができるのは空海しかいないということで広まった説だと言われています。

空海が生きていた時代にはこのような歌の作り方はしないことや、音の使い方が異なることから、現在は「空海の可能性はほとんどない」とされています。

他に、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)が作者とする説や、源高明(みなもとのたかあきら)が作者とする説などもありますが、いろは歌の作者は不明のままです。

 

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いろは歌の起源や歴史は?

いろは歌がいつ作られたのか、正確なことはわかっていませんが、文献に初めて登場したのは、1079年の「金光明最勝王経音義(こんこうみょうさいしょうおうぎょうおんぎ)」という仏典の注釈書で、10世紀末から11世紀中頃に作られたのではないかと考えられています。

いろは歌は11世紀ごろから仮名の手習いの手本として使われるようになり、江戸時代(1603年~1868年)に入ると、寺子屋などで識字教育の手本としてさらに広まったそうです。

 


 

また、江戸では火事に備えて町火消しが活躍していましたが、各町火消しには町屋を区分けして「いろは四十八組」が編成され、「い組」「ろ組」「は組」・・・と名乗っていたそうです。

中でも「め組」は有名で「め組の喧嘩」という、100人以上の大規模な喧嘩をしたことで話題になり、歌舞伎の演目にもなっています。

五十音はいろは歌と同じくらい古くからありましたが、幕末まで一般向けの類書(百科事典)の項目はいろは順で並べられていました。また、法令全書も大正までいろは順の索引を使用しており、一般に広く用いられていました。

戦後になり、いろは歌の意味が現代の感覚とずれてしまったこと、また、現代かなづかいと馴染まないものや使わない文字などが含まれていることなどから、あいうえお順に変わっていきました。


いろは歌の覚え方は?

「いろは歌」は七五調でリズムよく歌えるようになっていますから、何度か繰り返して歌ううちに覚えることができます。

また、仮名だけで覚えようとすると大変ですが、漢字で書いたものを見て、その風景を想像しながら覚えていくと印象に残りやすいですね。

「いろは歌」は小学校や中学校で勉強しますが、大人になると覚えていない人も多いかもしれません。

しかし、現在でも千葉県や石川県では地名にいろは順を用いている地域があったり、文章を箇条書きにするとき「イ、ロ、ハ・・・」と書くこともあります。

また、イタリア語式の「ドレミファソラシ」、英語式の「C D E F G A B」の音名の順番を日本では「ハニホヘトイロ」に当てはめられたので、ハ長調やイ短調といった用語が使用されています。

JRでも、グリーン車とA寝台車に「ロ」、普通車とB寝台車に「ハ」の記号が使用されているそうです。

また、お正月に親戚や子供が集まった時に「いろはかるた」で盛り上がりますよね。

 

このように案外身近なところで「いろは歌」が使われているのです。

11世紀ごろにできたと考えられる「いろは歌」が、21世紀の現在も使われているのは、とてもすごいことですよね。

 

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