日本文化研究ブログ  Japan Culture Lab

ジャパン カルチャー ラボ 日本の文化の疑問を簡単にわかりやすく説明します。

*

漢字、ひらがな、カタカナの歴史や起源とは?ひらがな、カタカナの由来と成り立ち

      2017/08/18

 

私たちが普段使っている日本語は、漢字、ひらがな、カタカナを使いこなしていますよね?

生まれた時から日本語で育っていると、漢字、ひらがな、カタカナを成長とともに覚えていくので、それが使いこなせて当たり前と思ってしまいますが・・・

ほかの国を見てみると、3種類もの文字を使いこなしている国はないようです。

それゆえに、複数の国の言語を学ぶ外国人からすると「日本語は難しい」となるらしいですね。

今回は、普段はあまり気にしたことのない、漢字、ひらがな、カタカナについて調べてみましょう。

スポンサードリンク


漢字の歴史や起源とは?


 

漢字は、中国から日本へ伝わってきました。

漢字のはじまりは、紀元前1300年の中国で発明された「甲骨文字(こうこつもじ)」といわれています。

それ以前にも文字らしきものがあったようですが、文字として断定することはできず、記号として使われていたと考えられています。

甲骨文字は最古の漢字といわれており、「蒼頡(そうけつ)」という人物が鳥や獣の足跡をもとに作ったという伝説があります。

漢字は時代の流れとともによりわかりやすく、使いやすいように改良が重ねられ、6世紀~10世紀ごろに、現在も使われている楷書(かいしょ)が標準の書体となりました。

日本へは、4世紀から5世紀ごろに伝わったといわれ、それ以前の日本に固有の文字はなく、すべて口伝えでした。

漢字が中国から伝わると、日本人は日本独特の漢字も作りだし、それまで口伝えで伝えていた日本語の音を表記するために万葉仮名(まんようがな)が作られました。

 

万葉仮名は、漢字の表す意味とは無関係に、言葉の音に当てはめたものです。

例えば、「やま(山)」を「也麻」、「はる(春)」を「波流」のように、1字1音節となっています。

 

万葉仮名がいつごろ生まれたのが定かではありませんが、「稲荷山古墳出土鉄剣(いなりやまこふんしゅつどてっけん)」が発掘されたことから、5世紀には使われており、正倉院(しょうそういん)に残された文書や資料の発掘などにより、7世紀ごろには成立していたと考えられています。

スポンサードリンク


ひらがな、カタカナの歴史や起源とは?

吉備真備(きびのまきび・695年~775年。奈良時代の学者)がカタカナを作り、空海(くうかい・774年~835年。後の弘法大使)がひらがなを作りだしたという伝承がありますがこれは俗説にすぎません。

ひらがなもカタカナも、平安時代(794年~1185年ごろ)初期に作られたと考えられています。

万葉仮名が由来となり、ひらがなは漢字を簡略化したものから作られ、カタカナは漢字の一部を取って作られたといわれています。

ひらがなは主に、女性が使っていました。

女性は漢字があまり得意ではなく、漢字を使うことも好ましいこととは思われていなかったそうです。

カタカナは主に、男性が使っていました。

漢文を勉強するときに、メモをするために生み出された文字だと考えられています。


●ひらがなの成り立ち


●カタカナの成り立ち

ひらがなやカタカナが作られる前は、難しい漢字だけが使われ、公的な文書や学問をする人だけが文字を書いていましたが、ひらがなやカタカナが使われるようになると、より多くの人々が読み書きできるようになりました。

特に、これまで学問は必要ないとされていた女性たちが読み書きできるようになり、源氏物語(紫式部・平安時代)や枕草子(清少納言・平安時代)など、宮中に仕える女性の手によって多くの作品が作られました。

そして明治33年(1900年)に、小学校令施行規則の第一号表に48種のひらがなが示され、カタカナは一音一字の原則に従い、標準とされた字体だけが公教育において教えられ一般に普及し現在に至ります。

漢字が伝来する前は、日本人は文字を持っていなかったのですね。

ですが、日本人は漢字からひらがなやカタカナを作りだしました。

自分たちが使いやすいように、わかりやすいように、先人たちは長い時間をかけて作りだしてくれたのでしょう。

そのおかげで、私たちは日本語をこうやって文字にすることができ、自分の気持ちや考えを相手に伝えることができるのですね。

スポンサードリンク


おすすめの記事と広告

 - 未分類