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憲法記念日はいつ?由来と意味とは?文化の日との深い関係とは?

      2016/10/14

kenpou

4月29日「昭和の日」、5月4日「みどりの日」、5月5日「こどもの日」などゴールデンウィークは祝日が目白押しでどうしても一括りで楽しんでしまいますよね。

今回は、そんなゴールデンウィークの中の祝日「憲法記念日」にクローズアップしてみたいと思います。

憲法記念日は文化の日との深い関わりがあるようなのですが、それは一体どういうことなのでしょうか?

 

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憲法記念日はいつ?その意味とは?

 「憲法記念日」は5月3日です。

「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを趣旨とし、日本国憲法が昭和21年(1946年)11月3日に公布され、昭和22年(1947年)5月3日に施行されたことを記念して、昭和23年(1948年)に「憲法記念日」という祝日として制定されました。

 日本国憲法には、3つの基本原則があります。みなさん覚えていますか?

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 「国民主権」

日本国憲法の前の大日本帝国憲法では、天皇に主権があるとされていました。

戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により憲法の改正が行われ、天皇は象徴となり、国民こそが国の主役であり、国のあり方を決めるのは国民であるとされました。


「基本的人権の尊重」

人が生まれながらにしてもっている権利で、国民ひとりひとりが自由と権利を保障されるという考え方です。

日本国憲法では、基本的人権は最大限に尊重される必要があり、侵すことのできない永久の権利として規定されています。


「平和主義」

世界の平和を永久に守るため、外国との争いが起きても戦争をしないで平和的に解決するという考え方から、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を憲法に定めています。

 

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憲法記念日の由来と文化の日との深い関係とは?

11月3日は文化の日ですが、実はその日は明治天皇の誕生日なのです。

11月3日は明治時代には「天長節(天皇誕生日のこと)」という祝日でしたが、天皇が崩御された後、国民が「近代日本の礎を築いた明治天皇の功績を後世に伝えていくために11月3日を祝日としてほしい」ということで運動を起こし、昭和2年(1927年)に「明治節」という名称で祝日になりました。

しかし、敗戦後の昭和23年(1948年)、当時日本を占領していたGHQの命令により、「明治節」は廃止されました。

日本国憲法の前の大日本帝国憲法の公布日は2月11日でした。

2月11日は現在は「建国記念の日」ですが、もともとは「紀元節」といって、日本の初代天皇とされる神武天皇の即位日です。

神武天皇の即位日という縁起の良い日を選んで大日本帝国憲法を公布したことに倣(なら)って、新憲法(現在の日本国憲法)の公布日を明治節である11月3日に選んだそうです。

そして、「憲法記念日」はもともと11月3日にするという話もあったそうですが、GHQが強く反対しました。

GHQは天皇と国民の繋がりを少なくさせたい、なくしたいと考えていたため、国にとって重要な憲法記念日と、明治天皇の誕生日を結びつけたくなかったのでしょう。

そのかわり「憲法記念日じゃなければいい」ということで、「文化の日」が祝日に加えられたということです。

このような経緯があり「憲法記念日」は公布日ではなく施行日の5月3日になったのです。

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日本国憲法については、学校の授業で習った覚えがありますが、5月3日になった理由は今回記事を書くに当たって初めて知りました。

戦後、GHQの厳しい指導のなかで、天皇家につながる祝日を作ることは難しかったでしょうから、わざと11月3日を公布日にしたということなのでしょう。

結果的に11月3日は憲法記念日とはなりませんでしたが、文化の日となってめでたく祝日になりました。明治天皇がいかに国民から愛されていたかをうかがい知ることができるエピソードですよね。

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