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古事記と日本書紀の違いとは?作者は誰?何時代の書物?

   

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歴史の授業で「古事記」「日本書紀」について勉強したことを覚えていますか?

どちらも歴史書であり、同じ時代に作られたものなので、混同してしまった人も多いかもしれませんね。

どのように違うのか、作者は誰なのか、授業で勉強したことを少し思い出しながら、今から1300年も昔に作られた「古事記」と「日本書紀」について、いろいろと調べていきましょう。

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古事記とは?

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読み方は「こじき」または「ふることふみ」です。

日本最古の歴史書とされ全三巻(上中下巻)です。

712年に天武天皇の命によって太安万侶(おおのやすまろ)が稗田阿礼(ひえだのあれ)という語り部の言葉を書き記し、編纂(へんさん・いろいろな材料を集め、整理し、加筆などをして書物にまとめること)し、元明天皇に献上しました。

内容は、日本神話が多く取り入れられており、上巻では神代(かみよ・神の時代という意味)、中巻・下巻では初代神武天皇から推古天皇までの歴代天皇の業績が神話や伝説を含みながら紀伝体(きでんたい・人物や国の逸話を中心に書かれたもの)で記載されています。


日本書紀とは?


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読み方は「にほんしょき」です。

全30巻で天皇家の系図1巻が付属しており、720年に天武天皇の命によって舎人親王(とねりしんのう)とほか数人で完成させました。

内容は、神代から持統天皇までの時代が編年体(へんねんたい・出来事を年代順に書かれたもの)で記載されています。

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古事記と日本書紀の違いとは?

●古事記は国内向け、日本書紀は外国向け

当時、ひらがなやカタカナはありませんでした。

漢文しかない時代に、古事記は編集者の太安万侶は日本語の響きで日本語のままで読めるように苦心し、紀伝体で人々の感情や歌を織り交ぜて書きました。

また、「日本」という言葉は登場せず、「倭」や「大和」という表現をしています。

古事記は、天皇の正統性を語り、天皇家の歴史を残す目的があったといわれています。

日本書紀は編年体で、外国(当時の唐や朝鮮半島)向けに漢文で書かれています。

「日本」という言葉は日本書紀で初めて登場したそうです。

日本書紀は、文字として国家の歴史を残すことで、大和朝廷の権威付けを行い、日本という国の正統性を訴える目的があったといわれています。

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●日本書紀は正史(せいし・正しい歴史)である

「古事記」は、神話や伝説が多いため、信憑性が低く、量も少ないのであまり重要視されず、研究も進んでいませんでしたが、江戸時代(1603年~1868年)に評価され研究が進み、本居宣長(もとおりのりなが)によって全44巻の「古事記伝」が書かれました。

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「古事記伝」は「古事記」研究の古典で、後世に大きな影響を与えています。

それに対し「日本書紀」は、朝廷の公式歴史書とされています。

外国向けに書かれた正史ということもあり、奈良時代~平安時代にはすでに大規模な研究が始まったといわれています。


作者は誰?

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「古事記」は太安万侶(おおのやすまろ)稗田阿礼(ひえだのあれ)という語り部の言葉を書き記し、編纂したといわれています。

「日本書紀」は複数の人によって書かれましたが、作者はその中心となった舎人親王(天武天皇の子)とされています。


何時代の書物?

古事記が成立したのは712年、日本書紀は720年に完成しています。

共に奈良時代(710年~794年)の書物ということになります。

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「古事記」と「日本書紀」の違いはわかりましたか?

学校の授業では、細かい内容まで触れることは少なく、あまり興味を惹かれない人も多かったと思いますが、現代文でわかりやすく書かれたものや、もっとわかりやすく漫画で描かれたものもあります。

もしも興味を持ったなら、わかりやすいものを選んでまず読んでみるといいかもしれませんね。

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