国民栄誉賞とは?賞金や年金はあるの?受賞者一覧!辞退した人とその理由

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国民栄誉賞の受賞者といえば、どなたを思い浮かべますか?

長嶋茂雄さんや羽生結弦さんなどスポーツ選手の受賞者が思い浮かべる方が多いかもしれませんが、作曲家や俳優、漫画家や冒険家、将棋や囲碁の棋士などさまざまな分野において、素晴らしい功績を残した人が受賞しています。

国民栄誉賞とはどういうものなのでしょうか?また、賞金や年金はあるのでしょうか?

これまでにどんな方が受賞していたのか受賞理由も合わせてご紹介します。

また、国民栄誉賞を辞退した人もいらっしゃいました。その理由をご紹介します。

 

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目次

国民栄誉賞とは?

国民栄誉賞の読み方は「こくみんえいよしょう」です。

 

昭和52年(1977年)に内閣総理大臣の福田赳夫が、本塁打世界記録を達成したプロ野球選手の王貞治さんを称えるために創設したのが始まりです。

同年に定められた「国民栄誉賞表彰規程」に従って運用されており、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を称えることを目的とする」とあります。

 

 

内閣総理大臣表彰の一つで、表彰の対象は「内閣総理大臣が本表彰の目的に照らして表彰することを適当と認めるもの」とあり、これは幅広い解釈が可能で、国籍や年齢などの要件はありません。

しかし、表彰の候補者については「民間有識者の意見を聞く」と定めており、内閣総理大臣がひとりで決めることはできないようになっています。

また、授賞を検討する際には、本人(故人の場合は関係者)へ打診が行われ、受賞の意思が確認されてから手続きが開始されます。

表彰の時期は特に決められておらず、随時行われます

 

賞金や年金はあるの?

国民栄誉賞に賞金や年金はありません

受賞者には、表彰状と盾のほか、記念品又は金一封が贈られます。

 

 

「記念品又は金一封」と規程にはありますが、過去に金一封を贈呈したことはなく、すべて記念品の贈呈となっています。

また、金一封の具体的な金額は公表されていません。

記念品の多くは銀製品や時計ですが、常識の範囲内で本人が希望するものが貰えます。

 

たとえば、平成24年(2012年)に受賞した吉田沙保里さんは「真珠」を希望してゴールデンパールのペンダントが贈られましたし、平成28年(2016年)に受賞した伊調馨さんは「和服」を希望して西陣織の帯が贈られました。

記念品の金額に上限があるのか、どの程度までなら希望が叶えられるのかなど具体的なことはわかりませんが、吉田さんや伊調さんの希望は「常識の範囲内」で叶えられたのですね。

 

また、記念品又は金一封を辞退することもできます。

平成30年(2018年)に受賞した羽生結弦さんが記念品又は金一封を辞退しています。

 

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受賞者一覧

それでは、これまでの受賞者はどんな方がいらっしゃるのでしょうか?

氏名、表彰年月日、受賞時の年齢、受賞事由の順で書いていきます。

 

1. 王貞治

昭和52年(1977年)9月5日、37歳

プロ野球での通算本塁打数が世界新記録(756本)達成。

 

 

2. 古賀政男

昭和53年(1978年)8月4日、没後受賞(同年7月25日死去・73歳)

独自の曲調「古賀メロディー」作曲による業績。

 

 

3. 長谷川一夫

昭和59年(1984年)4月19日、没後受賞(同年4月6日に死去・76歳)

真摯な精進、卓越した演技と映画演劇界への貢献。

 

 

4. 植村直己

昭和59年(1984年)4月19日、没後受賞(アラスカ マッキンリー山で行方不明・43歳)

エベレスト日本人初登頂。世界五大陸最高峰登頂など。

 

 

5. 山下泰裕

昭和59年(1984年)10月9日、27歳

柔道における真摯な精進、前人未到の記録達成など。

 

 

6. 衣笠祥雄

昭和62年(1987年)6月22日、40歳

プロ野球における真摯な精進、前人未到の記録達成など。

 

 

7. 加藤和枝(美空ひばり)

平成元年(1989年)7月6日、没後受賞(同年6月24日死去・52歳)

真摯な精進、歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた。

 

 

8. 秋元貢(千代の富士)

平成元年(1989年)9月29日、34歳

真摯な精進、通算勝星最高記録更新、相撲界への著しい貢献。

 

 

9. 増永丈夫(藤山二郎)

平成4年(1992年)5月28日、81歳

歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与えた功績。
美しい日本語の普及に貢献。

 

 

10. 長谷川町子

平成4年(1992年)7月28日、没後受賞(同年5月27日死去・72歳)

家庭漫画「サザエさん」を通じて日本社会に潤いと安らぎを与えた。

 

 

11. 服部良二

平成5年(1993年)2月26日、没後受賞(同年1月30日死去・85歳)

数多くの歌謡曲を作り、国民に希望と潤いを与えた。

 

 

12. 田所康雄(渥美清)

平成8年(1996年)9月3日、没後受賞(同年8月4日死去・68歳)

映画「男はつらいよ」シリーズを通じ、人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えた。

 

 

13. 吉田正

平成10年(1998年)7月1日、没後受賞(同年6月10日死去・77歳)

独自の曲調「吉田メロディー」の作曲により国民に夢と希望と潤いを与えた。

 

 

14. 黒澤明

平成10年(1998年)10月1日、没後受賞(同年9月6日死去・88歳)

数々の不朽の名作によって国民に深い感動を与えるとともに、世界の映画史に輝かしい足跡を残した。

 

 

15. 高橋尚子

平成12年(2000年)10月30日、28歳

2000年のシドニー五輪女子マラソンで、陸上競技で日本女子選手初の金メダルを獲得し、国民に感動を与えた。

 

 

16. 遠藤実

平成21年(2009年)1月23日、没後受賞(前年12月6日死去・76歳)

54年余りにわたる作曲活動を通じ、世代を超えて長く愛唱される名曲を数多く世に送り出した。

 

 

17. 村上美津(森光子)

平成21年(2009年)7月1日、89歳

長年にわたり芸能分野の第一線で活躍し、舞台「放浪記」において2000回を超える主演を務めた。前人未到の業績で国民に希望を与えた。

 

 

18. 森繁久彌

平成21年(2009年)12月22日、没後受賞(同年11月10日死去・96歳)

芸能の分野において長年にわたり第一線で多彩に活躍し、数多くの優れた縁起と歌唱は広く国民に愛され、夢と希望を与えた。

 

 

19. なでしこジャパン(2011FIFA女子ワールドカップ日本代表)

平成23年(2011年)8月18日、団体受賞は初めて

最後まで諦めないひたむきな姿勢が国民に感動と、同年3月に発生した東日本大震災などの困難に立ち向かう勇気を与えた。

 

 

20. 吉田沙保里

平成24年(2012年)11月7日、30歳

世界大会13連勝というレスリング競技史上、前人未到の偉業を成し遂げ、国民に感動と希望、勇気を与えた。

 

 

21. 納谷幸喜(大鵬)

平成25年(2013年)2月25日、没後受賞(同年1月19日死去・72歳)

大相撲史上最多の32回の幕内優勝を成し遂げるなど、相撲界に輝かしい功績を残すとともに、国民的英雄として社会に明るい夢と希望と勇気を与えた。

 

 

22. 長嶋茂雄

平成25年(2013年)5月5日、77歳

「ミスタープロ野球」として誰からも愛される国民的スターとして、プロ野球の発展にきわめて顕著な貢献をした。

 

 

23. 松井秀喜

平成25年(2013年)5月5日、38歳

日米通じて20年間にわたり、常にチームの主軸を担い日本人初となるワールドシリーズMVPの獲得など数々の輝かしい成績を残した。「ゴジラ」の愛称で日米の国民から愛され、その活躍は大きな感動と喜びを与え、多くの青少年に夢や希望を与えた。

 

 

24. 伊調馨

平成28年(2016年)10月20日、32歳

オリンピック競技大会史上初めて、女子個人種目・格闘技系種目四連覇という世界的な偉業を成し遂げられ、多くの国民に深い感動と勇気、社会に明るい希望を与えた。

 

 

25. 羽生善治

平成30年(2018年)2月13日、47歳

将棋界を牽引する棋士の第一人者として比類なき功績を重ね、将棋界初の永世七冠という歴史に刻まれる偉業を達成し、多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えた。

 

 

26. 井山裕太

平成30年(2018年)2月13日、28歳

囲碁界を牽引する棋士の第一人者として顕著な功績を重ね続け、囲碁界初の二度の七冠同時制覇という歴史に刻まれる偉業を達成し、多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えた。

 

 

27. 羽生結弦

平成30年(2018年)7月2日、23歳(史上最年少)

フィギュアスケート男子シングル種目で66年ぶり*となる2連覇を達成、世界の歴史に残る快挙を成し遂げ、多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えた

*1948年サンモリッツ、52年オスロ大会のリチャード・バットン(米国)以来

 

28. 国枝慎吾

令和5年(2023年)3月17日、39歳(パラスポーツ選手の受賞は史上初)

車いすテニスでパラリンピック金メダル4個を含む6個のメダルを獲得し、四大大会では通算50勝。世界ランキング1位のまま現役引退。

パラスポーツの社会的認知度向上とその発展に著しく貢献した。

 

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国民栄誉賞の辞退者

国民栄誉賞は、打診の段階で辞退した方が4人いらっしゃいます。

 

福本豊さん(プロ野球選手)

昭和58年(1983年)

辞退理由:

「そんなもんもろたら立ちションベンがでけへんようになる」と言って辞退したといわれています。

しかし、本当の理由は、すでに国民栄誉賞を受賞していた王貞治さんと比較して「王さんのように野球人の手本になれる自信がなかった。野球で記録を作るだけでなく、広く国民に敬愛されるような人物でないといけない」と考え辞退したそうです。

 

古関裕而さん(作曲家)の親族

平成元年(1989年)

辞退理由:

古関裕而さんの長男が「本人が元気に活動している時ならともかく逝去した後に授与することに意味があるのか」と疑問に感じ、辞退されました。

 

イチローさん(メジャーリーガー)

平成13年(2001年)

辞退理由:

「まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時に」とコメントし辞退しています。

 

 

平成16年(2004年)

辞退理由:

「 プレーを続けている間はもらう立場にはない」とコメントし辞退しています。

 

 

平成31年(2019年)

辞退理由:

「人生の幕を下ろしたときに頂けるように励みます」とコメントし辞退しています。

 

 

令和元年(2019年)

辞退理由:

当時の安倍首相が「桜を見る会」を巡る疑惑追求から逃れる目的で打診したといわれていますが、辞退しています。

コメントは特にありません。

 

大谷翔平さん(メジャーリーガー)

令和3年(2021年)

辞退理由:

「まだ早いので今回は辞退させていただきたい」とコメントしています。

 

 

調べてみると、27人の方、1つの団体が受賞しています。

毎年受賞者がいると思っていましたが、必ずしもそうではなく、受賞者のいない年もありますし、同時に複数の人が受賞する年もあることがわかりますね。

今後、どなたが受賞するのか楽しみです。

また、過去に辞退した人が4人いることがわかりましたが、それぞれの辞退理由はとても納得のできるものでしたね。

 

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