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氷の朔日の意味とは?氷餅、あられ、煎り豆を食べるのはなぜ?

      2017/05/18

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冷蔵庫がある生活が当たり前の私たちにとって、氷は一年中手に入るものですよね。

しかし、冷蔵庫がなかった時代はどうでしょう?

雪が溶け、温かくなってくると、氷はそう簡単に入手できなかったと思いませんか?

氷がとても貴重だった時代、氷の朔日という行事があり、現在も氷餅やあられ、煎り豆などを食べる行事として受け継がれているようです。

今回は、氷の朔日について調べてみましょう。

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氷の朔日の意味とは?

読み方は「こおりのついたち」です。

旧暦の6月1日のことで、氷室(ひむろ)を開く日でもあります。

氷室とは、冬の間に雪や氷を保存しておく場所のことで、日本書紀にも登場するほど昔からあったようです。

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氷の朔日には、古く宮中では氷室に保存した氷を食べる「氷室の節会(ひむろのせちえ)」という行事がありました。

この日は貴重な氷を臣下にも分け与えたそうです。

江戸時代(1603年~1868年)になると、各地の大名が宮中や将軍家に氷を献上するようになり、その氷を食したという記録が残っているそうです。


氷餅、あられ、煎り豆を食べるのはなぜ?

氷の朔日は、地域によってさまざまな行事が残っているようです。

氷室から出した氷を食べられるのは身分の高い人たちに限られるため、庶民たちは氷のかわりに氷餅(こおりもち)やあられ、煎り豆のような歯ごたえのある食べ物を食べたそうです。

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氷餅は、正月に家の軒先に吊るして凍らせ乾燥させた餅のことです。

歯ごたえのある食べ物ということで、氷餅を砕いて炒って作るあられや、煎り豆が行事食(季節ごとの行事やお祝いの日に食べる特別な料理)になっていったそうです。

地域によってはこの行事を「歯固め(はがため)」と呼び、歯が丈夫になり健康に過ごすことができるようにと願いました。

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氷室祭

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氷の朔日、「氷室祭」を開催している神社や地域があります。

旧暦6月1日をそのまま現在の6月1日に当てはめて行うところもあれば、旧暦6月1日を新暦にあてはめて7月中旬ごろに行うところもあります。

有名なのは熊本県八代市の八代神社で、毎年5月31日~6月1日にかけて開催され、雪に見立てた「雪餅」を食べ、無病息災を祈願します。

また、大阪府大阪市の難波神社では、毎年7月20日と21日に開催され、「夏負けしない」といわれるかちわり氷を参拝者に授与しています。

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現在は、氷を運ぶときもその形を保ったまま、溶けないように運ぶことができますが、江戸時代に大名が将軍家に献上するときはどれほどの苦労があったのでしょう?

旧暦6月1日ですから、現在の暦では一か月ほど後ということで7月ごろでしょうか。

7月はもう夏ですよね。

氷なんてあっという間に溶けてしまいそうですが、当時の人たちは知恵を絞って将軍家まで届けたのでしょうね。

どこの家庭にも冷蔵庫が当たり前のようにあり、氷も一年中食べることができる現在ですが、日本国内にはまだ氷室があり、伝統的な技術で氷が作られているそうですよ。

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