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「招き猫」の左手・右手・両手の意味と由来とは?

      2016/11/28

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片手を挙げている猫の置物、招き猫(まねきねこ)ですが、見たことがない日本人はいないのではないか?と思うほど、とても身近な存在ですね。

陶器や磁器で出来たもの、ぬいぐるみやキーホルダー、いろいろな招き猫グッズがあります。

サンリオの人気キャラクター「キティちゃん」も、招き猫のポーズをしてグッズとして販売されていますね。

そんな身近な存在の招き猫ですがその由来とはなんなのでしょうか?

招き猫の挙げている手は、左手だけ、右手だけ、さらに両手を挙げたものもあるそうが、それぞれの意味も調べて行きましょう。

 

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招き猫の由来とは?

 招き猫の由来には諸説あるようです。

まず、豪徳寺(東京都世田谷区)が発祥という説ですが、江戸時代(1603年~1868年)に井伊直孝(いいなおたか・1590年~1659年)が荒れていた豪徳寺の前を通りかかった時、豪徳寺の飼い猫が門前で手招きをするような仕草をしていたので立ち寄って休憩をしました。

お寺の和尚がもてなし、説法(せっぽう・仏教の教えを説き聞かせること)していると雷雨になり、雨に降られずにすんだうえに、ありがたい話が聞けたことを喜んだ直孝は、後日、豪徳寺を立て直すために多額の寄付をし、豪徳寺は盛り返したそうです。

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次に、自性院(東京都新宿区)が発祥という説ですが、江古田沼袋原の戦い(えごたぬまぶくろはらのたたかい・1477年)で劣勢に立たされ道に迷った太田道灌(おおたどうかん・1432年~1486年)の前に現れた猫が手招きをして自性院へ案内し、それをきっかけに盛り返し、その後、自性院に猫地蔵を奉納しました。猫地蔵が後に招き猫になったそうです。

また、江戸時代中期に子供を亡くした豪商が、自性院に猫地蔵を奉納したという説もあります。

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次に、今戸神社(東京都台東区)が発祥という説ですが、江戸時代末期に、老婆が貧しさから愛猫を手放しました。その後夢枕にその猫が現れ「自分の姿を人形にしたら福徳を授かる」と言ったことから老婆は今戸焼の焼き物にして、浅草神社鳥居横で売ったところたちまち評判になったそうです。

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ほかに、伏見稲荷大社(京都市伏見区)、法林寺(京都市左京区)、西方寺(東京都豊島区)、金山寺(岡山県岡山市)、住吉大社(大阪市住吉区)、民間信仰説など、日本各地にさまざまな説があります。

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左手・右手・両手の意味は?

左手を挙げている招き猫は雌猫で、千客万来や縁結びに効果があるといわれ、右手を挙げている招き猫は雄猫で、金運や幸運を招くといわれ、両手を挙げている招き猫はお客さんと金運の両方を招くといわれています。(両方を挙げている猫の性別は不明だそうです)

挙げている手の高さにも意味があるそうで、高ければ高いほど、より遠くから福を招いてくれるといわれています。

また、両手を挙げている招き猫は「欲張りすぎてお手上げになる」という考え方もあり、嫌う人が多いそうです。

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招き猫にも性別があったのですね。

その昔、京都では右手を挙げている招き猫(雄)は昼間の商売繁盛を招き、左手を挙げている招き猫(雌)は夜の商売が繁盛するように置かれていたそうです。

今はそういう意味合いはないそうですよ。

招き猫を置いているのは商売をしているご家庭が多いのかな?と思っていましたが、縁結びや金運アップの効果があるということで、いろいろな立場の人に必要とされているのでしょうね。

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