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日の丸の由来とは?赤と白の意味とは?日本の国旗になったのはいつ?

      2017/11/07

日本の国旗といえば白地に赤丸の「日の丸」ですが、このシンプルで美しいデザインの日の丸にはどのような由来があるのでしょうか?

また、赤と白にはどのような意味が込められているのでしょうか?

今回は日本の国旗の由来や意味、いつから日本の国旗になったのかについて調べてみました。

 

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日の丸の由来とは?


 

日本の国旗は、一般的に「日の丸(ひのまる)」と呼ばれる事が多いですが、正式には「日章旗(にっしょうき)」といいます。

農耕民族だった古代日本人にとって、太陽はとても大切な存在で信仰の対象となっていました。

日本人の総氏神であり、皇祖神(こうそしん・皇室の祖とされる神)である天照大御神(あまてらすおおみかみ)も太陽神だといわれています。

推古天皇(すいこてんのう・在位593年~628年)の時代に聖徳太子が、隋(ずい・現在の中国)の煬帝(ようてい・ようだい)へ「日出處天子・・・」で始まる国書を送り、飛鳥時代(592年~710年)末期に国号を「日本(日ノ本)」と命名したことからも、太陽や日の出を意識し、日が昇るということを重視していたことがわかります。

太陽を象(かたど)った旗が用いられるようになったのは大化の改新(645年)以降といわれており、文献に初めて登場したのは797年の「続日本紀(しょくにほんぎ)」です。

「続日本紀」では、文武天皇(もんむてんのう・在位697年~707年)が701年の朝賀の儀で儀式会場の飾りつけに「日像」の旗を掲げたとありますが、白地に赤丸ではなかったようです。

 


 

歴史的にみると、世界中で太陽を赤く描くことは少なく、一般的には黄色や金色で太陽を表し、日本でも平安時代(794年~1185年)の末期までは赤地に金丸だったようです。

現在の白地に赤丸のデザインになった明確な理由は不明ですが、一説には源平合戦の結果が影響しているとも言われています。

 

平安時代末期の源平合戦(1180年~1185年)では、平氏が朝廷の象徴である「錦の御旗」と同じ配色の「赤地に金丸の旗」を、源氏が「白地に赤丸の旗」を掲げて戦い、源氏が勝利しました。

平家が滅亡し、源氏による武家政権が誕生すると、代々の将軍は源氏の末裔を名乗って「白地に赤丸」の日の丸を掲げ、天下統一を成し遂げた者の証として受け継がれていったといわれています。もしもこのとき平氏が勝利していたら、現在の日の丸は「赤地に金丸」になっていたかもしれません。

 

 

また、日本では古来より「紅白」がめでたい配色とされていたことから日の丸は「白地に赤丸」になったという説もあります。

 

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赤と白の意味とは?

正確には「赤」ではなく「紅色(くれないいろ・べにいろ)」です。

紅白の色にはそれぞれ意味が込められており、「紅色」は博愛と活力を、「白色」は神聖と純潔を意味します。


日本の国旗になったのはいつ?

江戸時代末期に、船舶用の国籍標識として「日の丸」が導入され、その後、船舶に限らず、日本の国籍を示す旗として一般化しました。

 

 

正式に日本の国旗として定められたのは、平成11年(1999年)に「国旗及び国歌に関する法律」が公布されてからです。

それまでの日の丸は特に決まりはなかったため、紅白の比率などデザインは適当でした。

この法律によって、旗の縦横比は2対3、旗の中心を中心とし、縦の長さの5分の3を直径とした円を描き、色地は「白地」、日章は「紅色」とすることが決まりました。


 

日の丸は英語で何ていうの?

日の丸は英語で「The Rising Sun Flag」と言います。

日の丸がどうしてそのデザインになったのか由来がわかりましたね。

日の丸の起源はとても古いものですが、法律で定められたのは平成になってからというのは驚きました。

様々な歴史的な出来事や人々の思いによって現在の形になった日本の国旗。

これからもその歴史と共に大切にしていきたいですね。

 

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