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どら焼きの日はなぜ4月4日なの?その由来とは?”どら”の意味ってなに?

      2019/03/22

あんこをカステラ生地で挟んだ「どら焼き」は、日本人が大好きな和菓子のひとつです。

甘くておいしいどら焼きを食べるととても幸せな気分になりますよね。

ところで、4月4日は「どら焼きの日」という記念日なのだそうですが、なぜこの日が選ばれたのでしょう?

今回は「どら焼きの日」の由来やどら焼きの“どら”にはどんな意味があるかについて調べてみました!

 

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どら焼きの日はなぜ4月4日なの?その由来とは?

どら焼きの日は、平成20年(2008年)に、鳥取県米子市に本社がある和菓子の製造会社の丸京製菓株式会社が「みんながしあわせになりますように」という願いをこめて、制定しました。

3月3日は上巳の節句(ひな祭り)、5月5日は端午の節句(こどもの日)、2つの節句に挟まれていることから、「カステラとカステラに挟まれたあんこ」をイメージしたことと、「幸せの日(4をふたつ合わせる=しあわせ)」ということで、4月4日が選ばれました。

甘くておいしいどら焼きを食べれば自然と笑顔が生まれるので、どら焼きのことを幸せを運ぶお菓子と考えています。

 

“どら”の意味ってなに?

どら焼きは、カステラ生地2枚の間に、あんこを挟んだ和菓子です。

その形が、銅鑼(どら)という打楽器に似ているため、「どら焼き」という名前になったという説が有力です。


 

また、一説には、平安時代(794年~1185年)末期に、武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)がとある民家で怪我の手当てをしてもらったお礼に、小麦粉を水で溶いて薄く伸ばしたものを、熱した銅鑼で焼いて、あんこを包んで振舞ったので「どら焼き」と呼ばれるようになったといわれていますが、あんこが登場したのは弁慶が亡くなったあとの時代なので、この説は成立しないといわれています。

 

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どら焼きの歴史

どら焼きの発祥は諸説あり、明確なことはわかっていません。

先述したように、平安時代末期に武蔵坊弁慶が作ったのが始まりといわれていたり、江戸時代(1603年~1868年)に初めて作られたともいわれています。

江戸時代のどら焼きは、現在のきんつばによく似ており、小麦粉と水を混ぜて焼いた1枚の皮の端を折りたたんで四角い箱状にし、中央にあんこをむき出して入れたものだったようです。



きんつば



 

明治時代(1868年~1912年)になると、現在のように丸い形になり、大正時代(1912年~1926年)になってから2枚のカステラ生地であんこを挟むようになったといわれています。

 

カステラは、室町時代(1336年~1573年)の終わり頃に、ポルトガル宣教師によって長崎や平戸に伝えられたとされています。

当初のカステラは、小麦粉、砂糖、卵で作られていましたが、明治時代以降に水飴を使用して現在のようなしっとりしたカステラになりました。

 


 

どら焼きの“どら”は打楽器の銅鑼だという説が有力なんですね。

そう言われてみれば、どら焼きの形は銅鑼によく似ていますよね。

どら焼きの日と同じ4月4日は「あんぱんの日」でもあるそうですよ。

どちらもあんこを使ったおいしい食べ物ですから、好きな人も多いと思います。

4月4日には、家族みんなでおいしいどら焼きやあんぱんを食べて笑顔になりましょう!

関連:あんぱんの日はいつ?あんぱんの歴史や由来とは?ゴマやケシの実、へその意味

 

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