食文化

日本の捕鯨文化とはどんなもの?捕鯨再開の理由と欧米人が捕鯨反対なのはなぜ?

昔の学校給食では、クジラが食べられていたのをご存知ですか?

「クジラの竜田揚げ」が定番で、地域や年代によって多少の違いはありますが、30代~40代以上の人は「学校給食でクジラを食べていたよ」と、懐かしく感じる人もいるかもしれませんね。

日本では昔から捕鯨文化がありクジラを食べていましたが、捕鯨反対運動などもあり現在はクジラを食べる機会はほとんどありません。

今回は、日本の捕鯨文化や捕鯨再開の理由。欧米人がなぜ捕鯨反対なのかについて調べてみました。

 

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クジラとは?

クジラとは、ほ乳類のクジラ目または鯨偶蹄目(くじらぐうていもく)に属する水生動物の総称です。

大きく、顎(あご)に歯がある「ハクジラ」と歯を持たない「ヒゲクジラ」の二種類に分けられ、ハクジラの中でも体長が4m以下のものを「イルカ」と呼ぶことが多いです。

イルカとクジラの区別に明確な基準はなく、3m以上をクジラ、3m以下をイルカと呼ぶこともあります。

 

日本の捕鯨文化とはどんなもの?

日本の捕鯨は縄文時代(紀元前14000年ごろ~紀元前4世紀)ごろにはすでに行われていたと考えられており、縄文時代中期に作られたとされる土器に、クジラの骨の跡が残っていたことが確認されています。

飛鳥時代(592年~710年)に仏教が伝来したことによって肉食が禁止されされましたが、クジラは海で捕れるので魚とみなされたため貴重な食材として取り扱われ、江戸初期まで献上品として用いられていました。

 

捕鯨の仕方についてはいつ、どのように行われるようになったのか明確になっていませんが、12世紀(平安時代後期~鎌倉時代前期)ごろには、湾の入り口をふさぎ、くじらを浅瀬へ追い込む「追い込み漁」が行われていたと考えられています。

 

捕鯨の手法が確立したのは江戸時代(1603年~1868年)といわれており、捕まえたクジラを解体し、運搬する技術が発達しました。

 


 

クジラは捨てるところがないと言われており、肉や軟骨は食用に、脂肪は油に、ヒゲや歯は櫛(くし)などの工芸品にするなど、クジラをあますことなく利用し、日本各地で産業として成立していました。

 

現在も、いくつかの地域では工芸品が作られており、繊細な技術が受け継がれています。

クジラは食用以外に以下のようなものに加工され、日本中で流通していました。

 
●脂肪

燃料としての油、ろうそく、除虫剤 など

 
●ひげ

櫛(くし)、傘の骨、扇の骨、提灯の取っ手部分、釣り竿の穂先 など

 
●歯

櫛(くし)、笄(こうがい・髪を結うための道具)、ペンダントなどアクセサリー など

 
●骨

農作物の肥料、家畜のエサ など

 


 

江戸時代後期にはアメリカの捕鯨船が日本近海で捕鯨を行うようになりました。

当時のアメリカは、クジラの脂(あぶら)を灯油や工業用油として使っていたため、日本近海でさかんに捕鯨を行ったのです。

アメリカが日本に開国を求めた理由の1つも日本近海で捕鯨を行った際、日本の港を燃料・食料供給地として利用したかったからです。

アメリカの捕鯨船が日本近海でクジラを乱獲した結果、クジラの数が減ったため、日本の沿岸捕鯨は一時衰退を余儀なくされます。

 

明治時代(1868年~1912年)後期にノルウェーから捕鯨砲による近代捕鯨が導入されるとクジラの供給量も回復し、日本各地に捕鯨会社が設立され、捕鯨が活発に行われるようになりました。

明治41年(1908年)に政府は、日本近海のクジラの数を保護する必要があると考え、翌明治42年(1909年)に捕鯨船の数を制限し、数が減っていたセミクジラやザトウクジラは捕獲せず、マッコウクジラやイワシクジラが捕獲対象となりました。

 

昭和(1926年~1989年)になると、南極海でのシロナガスクジラの捕鯨が行われるようになりますが、第二次世界大戦中は捕鯨船の多くが戦争のために徴用され、捕鯨は中断されました。

戦時中は一旦中断されていた南極海での捕鯨ですが、昭和21年(1946年)に再開され、1950年代終わりごろ日本は世界最大の捕鯨国になりました。

 

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捕鯨規制について

昭和6年(1931年)にシロナガスクジラの捕獲がピークとなった時期と同じ頃、国際的な捕鯨規制が始まりました。

昭和12年(1937年)には国際捕鯨取締協定が結ばれ、セミクジラとコククジラの禁漁や捕獲数の制限、未成熟個体の捕獲禁止などが主な内容で、日本は昭和14年(1939年)に加盟するはずでしたが、第二次世界大戦が勃発したことにより未加盟となっていました。

日本が国際捕鯨委員会(IWC)に加盟したのは昭和26年(1951年)のことです。

 

戦後も日本では捕鯨が続けられていましたが、アメリカやイギリスなど欧米諸国が捕鯨を中止していきました。

IWCは、設立当時は捕鯨反対ではありませんでしたが、時代の流れで各国の考え方に変化が起こり、捕鯨反対の国が増えていきました。

しかし、日本は捕鯨を続けたため、捕鯨を中止した国から厳しい非難を受けることになります。

 

昭和57年(1982年)、IWCで商業捕鯨停止が決議され、日本もこれを受け入れます。

昭和61年(1986年)には、南極海での商業捕鯨が完全に停止され、昭和63年(1988年)には太平洋でも捕鯨が停止されてしまいました。

 

昭和61年(1986年)に南極海での商業捕鯨が完全に停止されたあと、日本は南極海と北西太平洋での調査捕鯨を行うようになりますが、調査捕鯨も捕鯨反対によって批難され続け、平成30年(2018年)9月に停止しました。

平成30年(2018年)12月に、日本政府はIWCからの脱退を通告し、令和元年(2019年)7月から商業捕鯨を再開すると表明しました。

 

商業捕鯨とは、クジラを売買する目的で行う捕鯨です。

調査捕鯨とは、クジラの生態などを調査する目的で行う捕鯨です。

 

捕鯨再開の理由と欧米人が捕鯨反対なのはなぜ?

日本が商業捕鯨を再開する理由は、捕鯨が日本の伝統だからだといわれています。

日本では縄文時代から捕鯨が行われており、江戸時代に捕鯨の方法が確立したあとは大勢の人々が捕鯨を生業とし、クジラの加工品などで生計を立ててきました。

捕鯨を再開することで、これまで捕鯨を生業としてきた人々の生活を守り、捕鯨文化の伝統を守るのが、日本が再開する理由のようです。

また、数が増えすぎた種類のクジラを捕鯨することで、生態系のバランスを取るというメリットもあるといわれています。

 

欧米人が捕鯨反対する理由はいくつかあります。

●クジラは知能が高い偉大な動物だから殺すのは残酷で野蛮な行為だ

●クジラは神聖な生き物だから捕まえてはならない

●クジラに苦痛を与えずに捕獲することはできないのだから、捕獲の仕方が残酷だ

●クジラは絶滅するかもしれないから捕まえてはならない

●クジラは人間と同じ哺乳類なのだから捕まえるのはかわいそうだ

●わざわざクジラを食用にしなくても、他に食べるものはある   などなど

 

 

日本だけではなく世界中で、昔からクジラを捕まえて食べる習慣はありました。

現在、日本の他に、ノルウェーやインドネシア、アイスランドなど多くの国が捕鯨を続けており、IWC加盟国89か国のうち、41か国が捕鯨賛成国なのだそうです。

日本は捕鯨について批難されていますが、世界中から批難されているのではないのですね。

すべての国に理解されることは不可能かもしれませんが、理解してもらえるように正しい情報を伝えて行くことは大切なことなのではないでしょうか。

 

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