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出初式にはしごに乗るのはなぜ?目的と意味とは?

      2017/12/16


 

お正月の風物詩のひとつ「出初式」を見たことはありますか?

放水をしたり、梯子の高いところでさまざまな技を競う姿は、とても迫力がありますよね。

実際に見たことはなくても、ニュースや地域の広報紙などで一度は目にしたことがあると思いますが、その目的や意味をご存知ですか?

今回は、出初式について調べてみました!

 

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出初式の目的と意味とは?

読み方は「でぞめしき」です。

消防士、消防団など、消防関係者により、1月初旬に行われる新春恒例行事の一つで、消防出初式(しょうぼうでぞめしき)とも呼ばれます。

「出初(でぞめ)」は「初めて出る」という意味があり、その年の初めての消防演習を行う式を「出初式」といい、地域の住民の前で消防士、消防団の設備や技術を披露して安心してもらう目的があります。

また、出初式を通して地域の住民に火災予防に対する意識を持たせることも、目的のひとつです。

 

出初式の歴史や由来は?

江戸時代、木造住宅が密集する江戸では火事が頻発していました。

そのため、江戸幕府は消防組織である「火消(ひけし)」を制度化していきました。

最初に作られたのは寛永20年(1643年)で、武士による「武家火消」と大名自らが指揮を取る「大名火消」です。

大名火消は、大名自らが火事場に向かうこともあり、その際には大名のみならず家臣も派手な火事装束に身を包んでおり、なかには消火活動中に火事装束の着替えを行う大名まであらわれ、大勢の見物人が集まったそうです。

 


 

明暦3年(1657年)に発生した「明暦の大火(めいれきのたいか)」では2日間に渡って火災が続き、江戸城天守閣を含む江戸の大半が焼失し、犠牲者は3万人から10万人と推計され、江戸の歴史上最悪の火災といわれています。江戸城の天守閣はこれ以降再建されることはありませんでした。

明暦の大火では、武家火消、大名火消では火勢を食い止めることができなかったため、翌年の万治元年(1658年)に、江戸幕府は定火消(じょうびけし)を制度化しました。

定火消は、江戸幕府の職名のひとつで、この役職には旗本が4名選出され、それぞれに「与力(よりき・上官の補佐をする人)」6名、「同心(どうしん・与力のもとで庶務や警備をする人)」30名がついていました。また、「臥煙(がえん)」と呼ばれる火消人足(ひけしにんそく・消防活動を行う人)を雇い、現在の消防署の原型といわれる「火消屋敷(ひけしやしき)」に住み、江戸の警備や防火活動、消火活動に当たりました。

 


 

明暦の大火で江戸の大半を焼かれ、江戸の人々は絶望にくれながら復興作業を行っていました。

そのような状況の中、万治2年(1659年)1月4日に、老中・稲葉正則に率いられた定火消4組が「上野東照宮」に集まり、史上初の「出初(でぞめ)」を行い、江戸の人々に大きな希望と信頼を与えました。

これが出初式の起源だといわれ、翌年以降、毎年1月4日に上野東照宮で出初式が行われるようになりました。

 

また、明暦の大火後、8代将軍吉宗の享保の改革の一環として、南町奉行の大岡忠相によって町人による消防組織「町火消」が制度化されました。

いくつかの町を「組」としてまとめ、「いろは47組」(後に一つ増えて48組)などを設けたとされます。

町火消も定火消の「出初」に倣(なら)って仕事始めの儀式を行うようになりましたが、「出初(でぞめ)」と区別するため「初出(はつで)」と呼んだそうです。

 


 

明治7年(1874年)、東京警視庁が設けられ、翌明治8年(1875年)1月4日、現在行われている東京消防出初式の前身である第1回東京警視庁消防出初式が行われました。翌年以降も毎年1月4日に開催されました。

また、出初式には規定がなかったため、明治32年(1899年)に「消防出初式順序」が制定されました。第一条では「消防出初式は毎年1月4日に行う。但し当日雨雪の時は同月6日とする。6日も雨雪ならば中止」ということが定められていました。その後、大正5年(1916年)から終戦後にかけては1月6日や1月15日に開催されたそうです。

そして、昭和23年(1948年)3月7日に東京消防庁が誕生し、翌年の昭和24年(1949年)1月15日に東京消防出初式が開催されました。昭和28年(1953年)以降は1月6日になり現在に至ります。

現在は東京ビッグサイトにて開催されています。

 

●平成30年東京消防出初式

日時:平成30年(2018年)1月6日(土) 開場:午前8時00分 開式:午前9時30分 閉式:午前11時50分(予定)
※ 午前9時20分頃からオープニングパレードを開始

場所:東京都江東区有明三丁目10番先 東京ビッグサイト東展示場東側埋立地

また、東京以外にも、日本各地で出初式が行われており、1月4日に開催するところ、1月8日に開催するところ、日付にこだわらず週末に開催するところなどさまざまです。

 

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出初式にはしごに乗るのはなぜ?

江戸時代、火消しは火事が起こった際にははしごに乗って高い位置から、火元や風向き、建物の配置など火災の状況を把握していたそうです。

また、火災現場にいち早く到着し、火災を止められそうなギリギリの家屋にはしごを使って登り、纏(まとい・旗印の一種)を回すのですが、「この先には火災を広げない」という意味がありました。

 


 

そのため、梯子乗り(はしごのり)と纏持ち(まといもち)は危険な火災現場で高所に登り、命をかけて江戸を守る町火消として、江戸時代の花形職業だったようです。

梯子乗りはバランスがとても大事なので、日ごろからはしごに乗る練習をし、曲芸のようなことをすることで度胸をつけ、火災に備えていたといわれています。

そしていつしか、出初式で火消がはしごに乗って技を披露するようになり、現在もその伝統を引き継いでいるのです。

梯子乗りの技は以下の通り、大きく4種類に分けることができ、あわせて50以上のバリエーションがあります。また、複数の技を組み合わせて連続技を披露することもあります。

 


 

●頂上技・・・はしごの頂上で行う技。一本遠見(いっぽんとおみ)、一本邯鄲(いっぽんかんたん)など、16近くあります。

●返し技・・・主に背面(背中)を使う難しい技。肝つぶし(きもつぶし)、背亀(せがめ)など12近くあります。

●輪っぱ・・・「輪っぱ」とよばれる長さ1.3mの紐を輪にしたものをはしごに取り付け、その輪に手や足を絡ませる技。吹き流し(ふきながし)、つるしなど12近くあります。

●途中技・・・頂上技の途中や、梯子を昇降する際に行う技。谷覗き(たにのぞき)、膝掛(ひざかけ)など12近くあります。

 


 

 

今ははしご車などがありますので、江戸時代のようにはしごを使って家屋に登ることもありませんが、消火活動をする人たちは命の危険と隣り合わせなのは今も昔も変わりません。

出初式が開催される時期は、空気が乾燥している時期でもあります。消防車からの一斉放水や、梯子乗りの披露などを楽しむのと同時に、火災を起こさないためにはどうしたらいいのか、ひとりひとりが考える機会になればいいですね。

 

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