
花を生けたり飾ったりすることを「生け花」や「華道」といいますね。
生け花と華道の違いとはなんでしょうか?
主な流派や初心者向けの始め方をわかりやすく解説します!
生け花と華道とは?
読み方は、
- 生け花「いけばな」
- 華道「かどう」
です。
「いけばな」は、
- 生け花
- 活け花
- 生花
- 活花
- いけばな
などいろいろな表記があります。

生け花は、花や草木を器に生ける行為や作品そのものを指します。
日常の飾りとして親しまれている一方、展覧会、発表会、結婚式、茶会、ホテルや施設の空間装飾など、幅広い場面で行われています

華道は、花を生ける技術だけでなく、流派ごとの様式・作法・理念を含む芸道です。
花や草木を通して、自然の風景や季節感、生命の美しさ、生ける人の美意識や精神性などを表現します。
生け花と華道の違いとは?

生け花と華道に明確な定義はありません。
そのため、混同されたり、同じ意味として使う人も多く、厳密に使い分けることはできません。
華道の流派でも「いけばな〇〇流」と名乗ったり、「いけばな教室」と表記する場合もあります。
しかし、一般的には以下の違いがあります。
- 生け花は、花を生ける行為や作品を指すことが多い
- 華道は、生け花を体系的に学び修練する芸道を指すことが多い
文化庁の報告書にも「これらの用語の定義は曖昧である」と書かれており、報告書では生活文化の一分野の総称として「華道」を使うと断っています。
出典:文化庁「令和2年度 生活文化調査研究事業(華道)報告書」
流派の名乗り方も分かれています。たとえば次の3つです。
- 華道家元池坊
- いけばな小原流
- いけばな草月流
同じ芸道でありながら、「華道」と名乗る流派と「いけばな」と名乗る流派があります。
生け花と華道の歴史は?
538年(一説には552年)に仏教が日本へ伝わってきました。
このとき、仏前に花を供える「供花(くげ)」の習慣もいっしょに入ってきたといわれ、これが生け花の起源とされています。
平安時代(794年~1185年)には貴族の間で花を器に挿して鑑賞したり、宴や儀式に花を用いたり、和歌や絵で花の美しさを表現するなど、花を愛でる文化があったようです。
現在に繋がる生け花や華道の形が整ったのは、室町時代(1336年~1573年)から江戸時代(1603年~1868年)にかけてです。
室町時代には、器の中に花や草木をまっすぐ立てて花を鑑賞したり表現する技術を「立て花(たてはな)」と呼んでおり、生け花や華道の始まりといわれています。
室町時代中期ごろには、「立て花」をより複雑な様式美とした「立花(りっか)」が成立し、僧侶である池坊専慶(いけのぼうせんけい・生没年不詳)が立花の名手として知られるようになります。
立花は、複数の花や草木を組み合わせ、山や野の景観をひとつの器の中に表すものです。
安土桃山時代(1573年~1603年)になると武家屋敷や寺院などに「床の間(とこのま)」が造られるようになりました。
客人を迎える飾りとしても花は重要視されるようになり、花は床の間に飾られるようになりました。
床の間の詳細についてはこちらをご覧ください。
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その後、立花と茶道が結びつき、茶席にふさわしい花の生け方も重要視されるようになり、自然そのままの美しさを一輪挿しなどで表現する「茶花(ちゃばな)」が誕生しました。
江戸時代なると、立花をシンプルにした「生花(しょうか・せいか)」が登場し、武家だけではなく一般庶民にも広まりました。

出典:三代歌川豊国「十二ヶ月ノ内 皐月 生花會」安政元年(1854年)国立国会図書館所蔵 ※画面部分を切り出して縮小
庶民の間ではより身近に花を生ける様式が広まり「生け花」という言葉が使われるようになりました。

出典:『古田流生花独稽古』明和6年(1769年)国立国会図書館所蔵 ※誌面を切り出して縮小
また、江戸時代には儒教思想も広まっており、儒教の影響で花を生ける技術を精神修行として考えるようになり「花道(かどう)」と呼ばれるようになりました。
しかし、江戸時代後期から明治時代(1868年~1912年)にかけて、歌舞伎の「花道(はなみち)」と混同を避ける目的や、より格調高く表現するために「華」の字が使われるようになり、「華道(かどう)」と表記するのが一般的になりました。
また、この時期に華道は女性の手習いとしても定着しました。
明治時代以降は、華道は世界でも評価されるようになり、日本の伝統文化として知られることとなりました。
また、西洋から輸入された洋花(ようばな)を生けるため、「小原流(おはらりゅう)」の創始者である小原雲心(おはらうんしん・1861年~1916年)によって「盛花(もりばな)」が考案されました。
盛花とは、平たい器と剣山(けんざん)を使って、花を盛るように立体的に生ける現代的な様式です。
昭和2年(1927年)に、これまでの形式的な生け花に疑問を持った勅使河原蒼風(てしがわらそうふう・1900年~1979年)が、個性や自由を重視した「草月流(そうげつりゅう)」を創立しました。
現在も生け花と華道は伝統を守りつつ新しい解釈を取り入れ、日本だけではなく世界中で愛されています。
主な流派は?
華道には多くの流派があり、それぞれ「家元(いえもと)」を中心に組織されています。
家元とは、その家に伝わる芸の精神や技術を受け継ぎ、伝える人や家のことです。
家元のところで修行していた弟子たちが独立して自分の流派を作ったり、新しい技法とともに新しい流派が出来るなどし、現在、華道の流派は300以上あるといわれています。
華道だけでなく、茶道や書道、日本舞踊、武術など、主に日本の伝統芸能や武道の世界で家元制度があります。
多くの場合、家元は血縁による世襲制で受け継がれていきます。
ここでは、華道の三大流派と呼ばれる代表的なものをご紹介します。
池坊(いけのぼう)
最も古い流派で、「いけばなの根源」ともいわれています。
室町時代中期ごろに池坊専慶(いけのぼうせんけい・生没年不詳)が立花の名手となり、池坊専応(いけのぼうせんおう・1482年~1543年)が池坊華道の基本を作りました。
立花、生花、自由花(じゆうか)などの様式があるのが特徴で、花の持つ美しさを引き出すことに重点を置いています。
立花とは、複数の花や草木を組み合わせ、山や野の景観をひとつの器の中に表す生け方です。
生花とは、立花をシンプルにした生け方で、少ない種類の花や草木で植物の強さを表現します。
自由花とは、戦後に定着した、型にとらわれない表現です。
名称に「流」や「派」をつけず「華道家元池坊」が正式な名称です。
池坊では、ひらがな表記の「いけばな」を使っています。
小原流(おはらりゅう)
明治28年(1895年)に創立された流派です。
西洋から輸入された洋花を生けるために、小原流の創始者である小原雲心が盛花(もりばな)を考案したのが始まりです。
盛花とは、平たい器と剣山を使って、花を盛るように立体的に生ける現代的な様式です。
「自然の姿を盛る」という理念のもと、花をより自然に近い形で生けることに重点を置いています。
小原流では、親しみやすさを重視しひらがな表記の「いけばな」を使っています。
草月流(そうげつりゅう)
昭和2年(1927年)に勅使河原蒼風(てしがわらそうふう・1900年~1979年)によって創立された流派です。
「花よりも花を生ける人」という理念のもと、現代的な感性を大事にしており、自由な発想と創造性を重視しています。
花や草木だけでなく、石や金属など独自の材料を用いた作品が多いです。
草月流では、基本的にひらがな表記の「いけばな」を使いますが、広報などでは一般的に多く使われている「生け花」と表記する場合もあります。
初心者向けの始め方をわかりやすく解説!

初心者が華道を始める場合、体験レッスンを受けることをおすすめします。
多くの教室では、初心者向けの体験レッスンを行っており、道具の貸し出しもしてくれます。
体験レッスンによって、教室の雰囲気や教え方などを確認しましょう。
初心者は主に三大流派を検討する人が多いですが、それぞれ特徴が異なります。
●池坊
伝統的な華道を学びたい人に向いています。
●小原流
季節の花や草木、家庭の日常的な花を楽しみたい人に向いています。
●草月流
個性や自由な造形を重視する人に向いています。
なぜ華道を始めたいのか、なにを目的にしているかで、流派を決めましょう。
教室を選びのポイントは以下のとおり
- 家から通いやすいところに教室があるかどうか
- どのくらいの頻度で稽古があるのか
- 1回あたりの費用はいくらなのか
- 道具の貸し出しがあるかどうか
- 花や草木はレッスン料に含まれているのか、別料金なのか
- 体験レッスン後に初心者向けの教室があるかどうか

いかがでしたでしょうか?
花を愛でたり、花でなにかを表現したり、私たちのご先祖様たちは長い時間をかけて、現在の生け花・華道を作り上げてきました。
昔からの形にこだわらず、新しい手法も取り入れ、今も進化を続けています。
興味のある方はぜひ、体験レッスンを受けてみてくださいね!


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