折り紙の起源と歴史とは?千羽鶴や折り鶴の意味とは?

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折り鶴

みなさんは、千羽鶴を折ったことはありますか?

入院しているお友達のためにクラスメイトと一緒に折ったり、部活動で良い成績を残せるよう願って仲間たちと折ったという方もいらっしゃるのではないでしょうか?

千羽の鶴を折るということは、そもそもどういう意味があるのでしょう?

今回は、折り紙の起源や歴史、千羽鶴や折り鶴を折る意味についてわかりやすく解説します。

  

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目次

折り紙の起源と歴史とは?

 折り紙の起源は中国説やスペイン説などあり、いずれも明確な説というものはなく、日本の折り紙は日本独自で発達したものと考えられています。

また、19世紀のヨーロッパでも独自の折り紙の伝統があったといわれ、日本の開国とともにヨーロッパと日本の折り紙が融合し、現在に至ったという説もあります。

いずれにしても現在、欧米をはじめ多くの国で「origami」という言葉が通用するほど、日本語の「折り紙」は世界に浸透しています。

折り紙

日本で和紙が作られるようになったのは、奈良時代(710794年)と考えられています。

最初は写経や公的な記録用として用いられていましたが、平安時代(7941185年)になると、神事で供物などを包む目的にも使われるようになりました。

そして、包む際の折り目や形が工夫されるようになり、次第に美しい装飾として発展していきました。

室町時代(13361573年)になると、武家社会において「折方(おりがた)」という礼儀作法が成立しました。

折方とは、和紙で贈り物や手紙などを包むときの包み方や、その和紙を折って作る飾り、そして和紙で包んで相手に渡す一連の作法をまとめて指す言葉です。

たとえば、現在も使われている熨斗袋(のし)などは折方の名残です。

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史料として残る最も古い折り紙は、安土桃山時代(15731603年)の小刀に描かれた折り鶴(折鶴に松図小柄)といわれています。

豊臣秀吉(とよとみひでよし・15371598年)に仕えた後藤栄乗(ごとうえいじょう・15771617年)という刀の装具を作る職人が、小刀の柄の部分に金の折り鶴を描いていました。

この小刀は1590年ごろに作られたとされており、少なくとも折り鶴や折り紙はその頃には存在していたと言われています。

折り鶴を考案したのが誰なのかは定かではありません。

 

江戸時代(16031868年)になると、和紙が大量に生産されるようになり、庶民も和紙を気軽に使用できるようになりました。

折形は贈り物や手紙を包む作法としてだけでなく、紙を折って遊ぶ娯楽として人気を集め、現代の折り紙の原型となりました。

1734年に出版された「欄間図式(らんまずしき)」という建築に関する書物には、折り紙の鶴ややっこさん、船、毬などが欄間のデザインとして描かれています。

また、折り鶴ややっこさんなどは浮世絵や着物の柄にも取り入れられています。

このことから、江戸時代には和紙でいろいろな形が折られていたと考えられています。

やっこさんは、江戸時代の下働きの使用人が半纏(はんてん)を着ている姿を折ったものです。

やっこさん

やっこさん

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現存する世界最古の折り紙の本は、1797年に出版された「秘伝千羽鶴折形(ひでんせんばづるおりかた)」です。

秘伝千羽鶴折形

この本には、1枚の紙で複数の鶴を切り離すことなく作る「連鶴(れんづる)」が、2羽から97羽まで、49種類の折り方が載っています。

連鶴の作者は伊勢の国(現在の三重県)の僧侶、義道一円(ぎどういちえん・1762年~1834年)で、折り鶴の名人といわれています。

 

明治時代(1868年~1912年)になると、折り紙は幼児教育に取り入れられるようになり、小学校の図画工作でも学ぶようになります。

折り紙で作るものも種類が増え、立体的な箱や幾何学模様など複雑で独創的な作品も作られるようになりました。

 

「折り紙」という言葉の起源

「折り紙」という言葉は平安時代ごろから使われていたようですが、現在とは違う意味で使われていました。

贈り物などに「この品物は確かな品質を持っています」ということを示すために、作者、産地、品名などを書いた目録(文書が書かれた紙)を添えていたのですが、その目録を横半分に折ったので「折り紙」と呼びました。

折り紙

折り紙

これが折り紙という言葉の起源といわれています。

江戸時代(1603年~1868年)になると、美術品や刀剣などの鑑定書にこの折り紙が使われるようになり「折り紙付き」という言葉が生まれました。

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現在のように、紙を折って遊ぶ意味で「折り紙」と呼ぶようになったのは昭和(1926年~1989年)になってからだといわれています。

それまでは、

「折据(おりすえ)」
「折方(おりかた)」
「折りもの」

などと呼ばれていました。

 

  

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千羽鶴や折り鶴の意味とは?

 千羽鶴や折り鶴は、病気平癒やさまざまな願掛け、平和や非核のシンボルとして作ることが多いです。

日本では古くから「鶴は縁起の良い鳥」といわれていました。

「鶴は千年亀は万年」といわれるように長寿の象徴とされ、折り鶴を作るたびに寿命が延びると考えられており、江戸時代に庶民の間で折り鶴を作ることが流行ったそうです。

千羽鶴

また、折り鶴を千羽作って糸に通してまとめたものを「千羽鶴(せんばづる)」といいます。

千羽鶴は、

  • 鶴は長寿の象徴とされている
  • 多くの鶴を折ることで願いが神仏に届く

などの理由から、「千羽折ると願いが叶う」といわれています。

また、戦時中には戦場へ赴いた家族が無事に帰ってくるようにと願いを込めながら鶴を折るようになり、「千人針」(女性らが千人分の刺繍を施した腹巻き)とともに、千羽鶴が「願掛け」の意味合いを持つようになりました。

なぜ千羽なのか?という疑問に関しては、

「鶴は千年といわれているから」

「千=数が多い=縁起が良いと考えられているから」

など言われていますが、はっきりとした由来はわからないそうです。

 

千羽鶴が平和や非核の象徴担った理由は?

原爆の子の像

原爆の子の像

千羽鶴が平和や非核の象徴となったのは、広島平和記念公園にある「原爆の子の像」になっている「佐々木禎子(ささきさだこ)さん」が由来といわれています。

々木禎子さん

佐々木禎子さん

禎子さんは2歳の時に広島の原爆投下で被爆し、12歳で急性白血病と診断されました。

「鶴を千羽折ると願いが叶う」という言い伝えがあることから、薬の包み紙などを利用して1300羽以上の鶴を折り続けましたが、8か月の闘病生活の後に亡くなりました。

禎子さんが折った鶴

禎子さんが折った鶴

その後、貞子さんの同級生たちの活動によって、国内外から多くの募金がよせられ「原爆の子の像」が作られ、折り鶴は平和のシンボルになりました。

今では、世界中から毎年10トンもの千羽鶴が送られ、原爆の子の像の周りに手向けられます。

広島平和記念公園の千羽鶴

折り紙は、多くの日本人が子どものころから慣れ親しんだ玩具のひとつですね。

今では「origami」という言葉が世界でも通用するというのですから、日本人として誇らしいことです。

外国人観光客を迎える宿泊施設などでは、枕元に折り鶴を置いたり、鶴の折り方を教えて一緒に作って、記念に持って帰ってもらうなどのおもてなしもしているそうですよ。

 

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