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大坂が大阪、箱館が函館に変わった理由とは?いつから変更になった?

      2018/11/23


 

歴史の本や、時代劇などで「大坂夏の陣」とか「大坂城」と書かれているのを見たことはありませんか?

「なぜ大阪じゃないんだろう?」と漢字の違いに疑問を抱いた人もいるかもしれませんね。

大阪と同じように、「函館」も昔は「箱館」と書かれていたのですが・・・なぜ変わったのか、いつから変更になったのかご存知ですか?

今回は、大阪と函館について調べてみました!

 

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大阪とは?


大阪は、日本の近畿地方・関西地方の地名です。

「大阪」とは、大阪府全体を指すこともあれば、西日本最大の都市である大阪市を指すこともあり、広い意味では大阪市を中心とした京阪神(けいはんしん・京都市、大阪市、神戸市)を漠然と指す場合もあります。


大坂が大阪に変わった理由とは?いつから変更になった?

「大坂」は、もともとは大和川と淀川(現在の大川)の間を南北に横たわる上町台地の北端辺りを指していました。

戦国時代(1467年ごろ~1590年)の1496年に、蓮如(れんにょ・僧侶)が書いた手紙に「大坂」という地名が記載されているのが最古の記録です。

蓮如が「大坂」と呼んだ地域は、当時「なにわ(難波、浪花、浪華)」という名称で呼ばれていましたが、蓮如が大坂御坊(おおさかごぼう・石山本願寺の起源)を建立し勢力を周辺に広げていったことから、「大坂」という地名が定着しました。

 

江戸時代(1603年~1868年)になると、「大阪」と「大坂」が混用されていました。これは、「坂」の字を分解すると「土に反る=死んで土にかえる」となり縁起が悪いので「大坂」と書かずに「大阪」とも書くようになったためといわれています。

そして、明治4年(1871年)には正式に「大阪」に改称されました。

この改称については、「坂」は「土(つちへん)」を武士の「士」として、「士」と「反」で明治政府が「武士の反乱を連想する『坂』という漢字を避けた」という説や「単純に書き間違えたのが定着してしまった」という説がありますが、明確な理由はわかっていません。

 

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函館とは?

函館は、北海道の渡島半島南部にある市です。

北海道では、札幌市、旭川市につぐ第三の都市で、北海道と本州を結ぶ都市として発展してきました。

 

箱館が函館に変わった理由とは?いつから変更になった?

室町時代(1336年~1573年)の1454年、青森県津軽の河野政通(こうのまさみち・室町時代の武将)は、主君である安東政季(あんどうまさすえ)に従って蝦夷地(えぞち・現在の北海道)に渡り、開拓に従事します。

この際、河野政通は宇須岸(うすけし・現在の函館市弥生町)に館(宇須岸館)を築いたのですが、その館の形が箱型だったため、「箱館」呼ばれ、それが地名の由来になったそうです。

そして、明治2年(1869年)、蝦夷が北海道と改められたときに、「箱館」は「函館」と改称されました。

しかし、なぜ漢字を変えたのか明確な理由はわかっていません。

 


 

「大坂」から「大阪」、「箱館」から「函館」に変わった明確な理由は、わかっていないのですね。

社会科の歴史の授業などでは、改名以前に起こった出来事は古い漢字を用いなければ間違いということになり、改名以前に起こった「大坂夏の陣」は「大阪」と書くのは間違いということになります。

観光地となっている「箱館奉行所」も、改名以前にあったものを再現したものなので「函館奉行所」と書くのは間違いになりますので気を付けたいですね。

 

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