
日本には「夕涼み」という伝統的な風習があります。
近年の夏は気温が高くなりすぎて「夕涼み」をするのが難しい日も多いですが、みなさんは「夕涼み」をしたことはありますか?
「夕涼み」の伝統的な涼み方や現代の楽しみ方を解説します。
夕涼みとは?
読み方は「ゆうすずみ」です。
意味は、暑さがやわらいだ夏の夕暮れに、縁側や屋外などで外気に当たって涼をとりながら過ごすことです。

また、縁側や縁台などで涼むことを「縁涼み(えんすずみ)」といいます。
縁側とは、日本家屋に多く見られる独特の構造で、部屋と屋外を繋ぐ板張りの空間のことです。
縁台とは、住宅の庭や玄関、店先、路地などの屋外で使われる細長い腰掛けのことで、「涼み台」「納涼台」などの別名があります。

夕涼みの歴史
夕涼みの風習がいつごろ始まったのか定かではありませんが、江戸時代(1603年~1868年)に盛んに行われるようになりました。
江戸の町は川や運河などが多く、風通しの良い水辺で涼むことが一般的でした。
明るいうちに入浴を済ませ、浴衣姿で夕涼みに出かけるのが、江戸の庶民の定番だったそうです。

納涼船や川開きなど、夏の夕涼みの行事が江戸の文化として定着し、浮世絵にも夕涼みを楽しむ人々の姿が多く描かれています。
江戸時代の納涼船とは、夏の間だけ夕涼みや花火鑑賞を目的として運行される屋形船のことです。
当時は「涼み船(すずみぶね)」とも呼ばれており、「屋形船」と「屋根船」がありました。

屋形船は、畳敷きの座敷や障子のある大きくて豪華な船で、大名や豪商など裕福な人が使っていました。
屋根船は、屋根にすだれをかけたシンプルな小型の船で、主に庶民が使っていました。

現在の屋形船は、江戸時代の屋形船と屋根船の伝統を受け継いでいます。
違いは以下の通りです。
納涼船は、大型船やクルーズ船などで、最大で2000人程度が乗ることができます。夏の暑い時期の夕方から夜間に運行されています。
屋形船は、小型船や中型船などで、最大で100人程度が乗ることができます。一年を通して運行しており、夏の夕涼みにも使われています。

川開きとは、現在の花火大会のルーツといわれている「両国川開き」のことです。
享保17年(1732年)に起きた「享保の大飢饉」や江戸で流行した疫病で多くの人が亡くなり、翌享保18年(1733年)5月28日、8代将軍徳川吉宗は死者の供養と災厄除去を祈願して「両国川開き」を催しました。
この川開きの初日に、大川(現在の隅田川)で花火が打ち上げられたのが始まりといわれています。

その後も「両国川開き」は行われ、明治維新や第二次世界大戦などで何度か中断されました。
戦後は、隅田川の水質汚染などによって昭和36年(1961年)~昭和52年(1977年)まで中断されましたが、昭和53年(1978年)に「隅田川花火大会」と改称され、現在も毎年7月最終土曜日に開催されています。
出典:墨田区「隅田川と花火」
関連:花火の日はいつ?「5月28日」「8月1日」「8月7日」のどれ?それぞれの由来とは?

また、江戸時代前期には京都の鴨川で納涼床(のうりょうゆか・のうりょうどこ)が作られるようになりました。
納涼床とは、川や水辺に張りだして設けられる高床式の座敷で、夏の暑さをしのぎ、涼しい風を感じながら食事や酒を楽しむ場所です。
現在の鴨川納涼床に繋がっています。

江戸時代後期には、炒った大麦を煮出した「麦湯(むぎゆ)」を提供する「麦湯屋」という屋台が江戸の町なかの大通りや寺社の門前などに並びました。
麦湯は、現在の麦茶と同じもので、温かい状態で飲むものです。
温かい飲み物を飲んで汗をかくことで、夕方の風がより涼しく感じられると考えられていました。
江戸時代後期の町の移り変わりや出来事、人の話などを記した「寛天見聞記(かんてんけんぶんき)」では、人々が夏に夕涼みをしながら麦湯を味わう様子が記されています。
明治時代(1868年~1912年)になると、ガス灯や電灯が普及して夜でも出歩くことができるようになり、夕涼みで出歩く人を対象にした屋台や露店が多く出るようになりました。
昭和(1926年~1989年)後期ごろから冷房やエアコンが各家庭に普及しはじめ、夕涼みをする人が減っていきました。
縁側を作らない家も増え、ご近所付きあいが減り、夕方に外で涼む人はますます減っていきました。
平成(1989年~2019年)になるころには、商業施設やイベント会場で夜間のイベントを開催したり、ビアガーデンで盛り上がるなど、夕涼みは日常の習慣ではなく、非日常を楽しむ娯楽へ変化しました。

夕涼みの仕方は、時代の流れとともに変化してきました。
伝統的な涼み方と、現代の楽しみ方を解説します。
夕涼みの伝統的な涼み方
●屋外で過ごす
縁側に座ったり、水辺を歩くなどして夕方の風を感じます。
●打ち水をする
打ち水とは、庭先や道路などに水を撒き、気化熱で地面の熱を奪って涼を得ることです。

●うちわや扇を使う
うちわや扇を使って自分で風を起こし、涼を感じます。
●蛍狩りに行く
江戸時代は、夕涼みがてら蛍狩りに行くこともあったそうです。
蛍狩りとは、水辺を飛ぶ蛍の光を見て楽しむことです。
江戸時代の蛍狩りは、蛍を捕まえたり虫かごに入れて楽しむこともありましたが、現在は厳禁です。
●納涼船に乗る
川や海など、納涼船に乗って水辺の風を感じます。
●線香花火をする
江戸時代、小さな明かりや火花を楽しめる線香花火は、夕涼みの娯楽として広まりました。
●ほおずき市に行く
毎年7月9日・10日に開催されることの多いほおずき市は夏の風物詩です。
夕涼みがてら、ほおずき市に行きます。
関連:四万六千日の由来と意味とは?2026年はいつ?ほおずき市の由来
●風鈴を使う
風鈴の音を聞くことで、涼しさを感じます。
関連:「風鈴」を夏に飾るのはなぜ?涼しく感じるのは日本人だけ?
夕涼みの現代の楽しみ方
●夕涼み会
地域や子供会などで、夕涼み会をすることがあります。
かき氷やヨーヨー釣りのお店が出たり、すいか割りやカラオケなどを楽しみます。
●納涼盆踊り
盆踊りと夕涼み会を一緒に行う地域もあります。
●蚊遣り豚(かやりぶた)
蚊遣り豚は夏の風物詩です。
縁側や庭先などで夕涼みをする時は、蚊遣り豚で蚊取り線香をつけて蚊を防ぎます。
●ビアガーデンに行く
夕涼みのイベントとして、日本各地でビアガーデンが行われています。
●ナイトミュージアムに行く
夕涼みをかねて、夜間に開業する動物園や水族館などがあります。
●ナイトクルーズに行く
夜景やイルミネーションなどを見ながら、海上で過ごします。
夕涼みはいつの季語?
夕涼みは、夏の季語です。
有名な俳句は以下の通りです。
●松尾芭蕉
「川風や 薄柿着たる 夕涼み」
(かわかぜや うすがききたる ゆうすずみ)
「川から吹き抜ける心地よい夕風を浴びながら、うす柿色の着物を着て、夕涼みを楽しんでいる。」という意味です。
●宝井其角
「夕涼み よくぞ男に 生まれけり」
(ゆうすずみ よくぞおとこに うまれけり)
「暑い一日が終わり、縁側に座り夕涼みをしている。浴衣がはだけても気にせず、団扇を扇ぐ。男に生まれて良かったな。」という意味です。

夕涼みが盛んに行われるようになった江戸時代は、扇風機やエアコンがない時代です。
日中の暑さがやわらぐ夕方は、当時の人たちにとってとても楽しみな時間だったのかもしれませんね。
今はエアコンで温度調節ができますが、たまには夕方・夜間に外出してみるのも良いのではないでしょうか。
昔と比べて夕方・夜間でも気温が高いため、熱中症対策をしながら夕涼みを楽しんでください。

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