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日本のカレーの歴史とは?発祥はイギリス?インドのカレーとの違いとは?

      2018/04/28


 

カレーライスは日本発祥の食べ物ではありませんが、今や日本の国民食と言っていいほど人気の食べ物になっています。

甘口から激辛まで味付けも様々で、具材やスパイス、ルウを変えたり、隠し味を加えてみたりと色々な楽しみ方があります。また、温めるだけで食べられるレトルトカレーもありとっても便利ですよね。

今回は、日本のカレーの起源やその歴史について調べてみました!

 

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日本のカレーとインドのカレーとの違いとは?

カレーといえば、インドを思い浮かべますよね?

インド人は毎日3食カレーを食べるといわれていますが、インドのカレーは日本人の想像するカレーとは違い、何種類ものスパイスを使って具を煮込んだ「スパイス料理」のことをいいます。

肉、魚介類、野菜などあらゆる食材がカレーの具になり、スパイスの調合具合も異なるため、一言でカレーと言ってもその種類は数えきれないほどあるそうです。

 

日本のカレーとインドのカレーとの違いは日本のカレーは小麦粉を使ってとろみを出していることが特徴ですが、インドのカレーはサラサラしており、汁気の多いスープのようなものになります。

また、日本では粘り気のあるジャポニカ米にカレーをかけて食べますが、インドでは粘り気の少ないインディカ米や、小麦粉で作ったナン(パンのようなもの)にカレーにつけて食べます。

 

日本カレーの歴史とは?発祥はイギリスだった?

カレーは英語で「curry(カリー)」ですが、その語源はインド南部のタミル語でソースや汁という意味の「kari(カリ)」が訛ったという説が有力です。

17世紀ごろ、インドはイギリスの植民地でした。

この頃、インドに渡ったイギリス人たちがインドの「kari」を欧風にアレンジし、イギリスに持ち帰ったことで王室のメニューに加えられ、その頃に「curry」と呼ばれるようになったといわれています。

18世紀後半ごろにはスパイスを効かせたソースで肉や野菜を煮込む、「煮込み料理」に変化していきました。肉は鮮度が落ちると臭みが出てしまいますが、スパイスを効かせたソースで煮込むことで臭みがなくなり、食べやすく美味しくなったといわれています。

19世紀になると、あらかじめスパイスを調合した「カレー粉」が商品化され、カレー粉と小麦粉でとろみを出したイギリスのカレーは家庭料理として普及していきました。

 


 

イギリスから日本にカレーが伝わってきたのは、日米修好通商条約が締結された翌年の安政6年(1859年)6月2日、横浜港が開港した時だといわれています。

明治5年(1873年)には「西洋料理指南」と「西洋料理通」という本で「カレー粉」を使い小麦粉を入れてとろみを出す調理法が紹介されています。

明治9年(1876年)には札幌農学校(現在の北海道大学)に教頭として着任したクラーク博士の発案によって、生徒たちの栄養状態を改善するため、カレーライスが出されました。

カレーの具となるジャガイモ、ニンジン、玉ねぎは北海道で多く生産されており、札幌農学校でも栽培していたため、定番の具として定着したようです。


 

明治6年(1874年)には、日本陸軍の将校を養成する学校で土曜日の昼食に「ライスカレー」が提供されるようになり、明治41年(1908年)にはイギリス海軍を模範としていた日本海軍が、イギリス式のカレーを採用したそうです。

この頃、軍人の死因の最大の原因は脚気で、深刻な問題となっていました。

白米中心で栄養バランスが偏った食事が脚気の原因であるとされ、イギリス海軍のカレーを参考にしたところ脚気が激減したそうです。

 

この時採用されたカレーはイギリス海軍の食事にあったカレーを日本のお米に合うようにアレンジしたもので、私たちが現在食べているカレーライスのルーツといわれています。

そして、軍隊の食事として定着したカレーライスは、作り方を覚えた兵士たちによって各家庭に伝わり、日本全国に普及していきました。

また、カレーライスの献立は現在の自衛隊にも引き継がれており、曜日の感覚を忘れないように毎週金曜日はカレーライスが出されるそうです。

 


 

戦後になると、学校給食としてカレーが全国的に採用されるようになります。

これは、終戦直後、食糧事情が悪かった日本に、インドからたくさんのスパイスの提供を受けたことや、カレー業界関係者がカレーを広めようと努力したためと言われています。

当初のカレーは、カレー粉で味を調え、小麦粉でとろみを出すなど、手間がかかる料理でしたが、昭和25年(1950年)には固形のカレールウが発売され、家庭でも手軽にカレーが作られるようになります。さらに昭和44年(1969年)にレトルトカレーが発売され、カレーは私達の身近な食べ物になっていきました。

そして、その後もバラエティ豊かに発展していったカレーは国民食として定着していったのです。

 

「ライスカレー」と「カレーライス」との違いとは?

「ライスカレー」と「カレーライス」というふたつの呼び方がありますね。

現在は「カレーライス」が主流ですが、昔は「ライスカレー」が主流だったそうです。

 


 

 

定義には諸説ありますが、もともと、「ライスカレー」はご飯にカレーがかかった状態で提供されるもので、「カレーライス」はご飯とは別の容器にカレーが入った状態で提供されるもののことを言っていました。

昭和25年に固形のルウが販売され、家庭でも手軽に食べられるようになり、高度経済成長期にはカレーの高級化やレトルトカレーなど多様化が進み本格的な料理へと変貌しました。

そして、昭和39年(1964年)の東京オリンピック開催の頃に「ライスカレー」から「カレーライス」へと一気に呼び方が変化したといわれています。

「カレーライス」という呼び方は、有名レストランや百貨店の食堂が発祥という説がありますが、定かではありません。

 

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「カレーライスの日」「横浜カレー記念日」とは?

カレーに関係する日で「カレーライスの日」「横浜カレー記念日」という記念日があるのをご存知ですか?

 

カレーライスの日は毎年1月22日です。

これは平成2016年(平成28年)に全日本カレー工業協同組合によって、国民食と言われるまで普及したカレーのよりいっそうの普及拡大と、健康で豊かな消費生活の実現に寄与することを目的として制定されました。

この日がどうして選ばれたかと言うと、昭和57年(1982年)1月22日に社会法人全国学校栄養士協議会が創立20周年を記念して、全国の小中学校の給食を一斉にカレーにすることを決め、提供されたことに由来しているそうです。

 

また、横浜カレー記念日は、毎年6月2日です。

すでに説明したとおり日米修好通商条約が締結された翌年の安政6年(1859年)6月2日に横浜港が開港しました。

そしてそのときにカレーも日本に伝わったとして、横濱カレーミュージアム(2007年に閉館)によって「横浜カレー記念日」が制定されました。

 

 


 

 

カレーは直接インドからではなくイギリスを経由して日本に伝わってきたことがわかりましたね。

ところで、皆さんはカレー消費量日本一の都道府県がどこかご存知ですか?

それは鳥取県なのだそうです。

鳥取県はらっきょうの生産地として有名で、らっきょうはカレーの付け合せとされるため、自然とカレーの消費が多くなったことや、夫婦共働きが多いため家事の手間を省くために作り置きのできるカレーがよく作られることがその理由だと言われているようです。

 

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