
「赤とんぼ」を聞くと、秋の夕暮れを思い出しますね。
日本人なら誰でも知っている歌ですが、古い歌なので「ねえや」は誰?「負われて」の意味は?と思う人も少なくないでしょう。
「赤とんぼ」の歌詞の意味について、わかりやすく解説します。
「赤とんぼ」とは?
作詞は、三木露風(みきろふう・1889年~1964年)
作曲は、山田耕筰(やまだこうさく・1886年~1965年)

三木露風 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
三木露風は、大正10年(1921年)、北海道のトラピスト修道院で講師をしていた頃、窓の外で竿の先に留まる赤とんぼを見つけました。
その時、故郷である兵庫県揖保郡龍野町(現在の兵庫県たつの市)で過ごした子供時代を思い出したことがきっかけで作詞したといわれています。
同年8月に雑誌「樫の実」に発表したときの詩は以下の通りです。
赤蜻蛉(あかとんぼ)
一 夕焼、小焼の、山の空、負はれて見たのは、まぼろしか。
二 山の畑の、桑の実を、小籠(こかご)に摘んだは、いつの日か。
三 十五で、ねえやは嫁に行き、お里のたよりも絶えはてた。
四 夕やけ、こやけの、赤とんぼ、とまつてゐるよ、竿の先。
「赤蜻蛉」は、作者の思い出をそのまま詩にしたもので、現在の「赤とんぼ」とは少し違う部分があります。
その後、少し手が加えられ、同年12月の童謡集「真珠島」では、より芸術的な作品にするために4か所が直され、大正15年(1926年)の童謡集「小鳥の友」では、小さな子どもが歌いやすいよう、歌のリズムに合わせて短く区切る句読点が付けられ、題も「赤とんぼ」に改められました。

童謡集『小鳥の友』(大正15年・新潮社)に載った「赤とんぼ」 出典:国立国会図書館デジタルコレクション
赤とんぼ
一 夕焼、小焼の、あかとんぼ、負はれて見たのは、いつの日か。
二 山の畑の、桑の実を、小籠に、つんだは、まぼろしか。
三 十五で、姐やは、嫁にゆき、お里の、たよりも、たえはてた。
四 夕やけ、小やけの、赤とんぼ。とまつてゐるよ、竿の先。
この詩は、現在歌われている歌詞と同じです。
出典:兵庫県立美術館 ネットミュージアム兵庫文学館「三木露風館」
そして、昭和2年(1927年)、山田耕筰が曲をつけました。

山田耕筰 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
「赤とんぼ」の歌詞の意味とは?
「赤とんぼ」の歌詞の意味を、ひとつずつ見ていきましょう。
一 夕焼、小焼の、あかとんぼ、負はれて見たのは、いつの日か。
「夕焼け小焼け」は、夕暮れ時を指します。
「小焼け」だけでは意味を持たず、「仲よし小よし」の「小よし」と同じように、語調を整えるために添えられた言葉です。
「あかとんぼ」は、赤い色をしたトンボの総称です。

枝の先にとまるアキアカネ(撮影:TANAKA Juuyoh(田中十洋)/CC BY 2.0)
一般的に「あかとんぼ」と言えば、代表的な赤いトンボである「アキアカネ」を指しており、秋に多く飛んでいます。
他に、
- 「ナツアカネ」
- 「ミヤマアカネ」
- 「ショウジョウトンボ」
などが「あかとんぼ」と呼ばれています。
「負はれて」は、「おんぶされて」や「背負われて」という意味です。
「追われて(追いかけられて)」と聞き取って、赤とんぼを追いかけている場面だと思っている人も多いのですが、「負はれて」なので、おんぶされている場面です。
つまり、一番の歌詞は
「夕暮れ時に赤とんぼを見て、幼いころにおんぶされて、その背中から見た夕焼けを思い出す。」
という意味になります。

幼い作者をおんぶしていたのは、三番に登場する「姐や」と解釈するのが一般的です。
二 山の畑の、桑の実を、小籠に、つんだは、まぼろしか。
桑の実には「桑いちご」という別名があります。

桑の実
昔は、子供たちが小さな籠を持って、甘酸っぱい桑の実を摘んでおやつとして食べていました。
「幼い作者が姐やと一緒に、山の畑にある桑の実を小籠に摘んで食べた思い出も、今は遠い昔のまぼろしのようだ」
という意味です。
三 十五で、姐やは、嫁にゆき、お里の、たよりも、たえはてた。
「姐や」とは、作者の姉ではなく、作者の家で雇われていた子守の女性のことです。
出典:コトバンク「姉や/姐や」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)
「お里」は、実家や故郷を意味しますが、誰の実家なのかは不明です。一般的には「姐やの実家」と解釈します。
つまり、三番の歌詞は
「子守をしてくれていた姐さんは15歳で嫁いでいった。姐さんの実家から我が家への便りも途絶えてしまった。」
という意味です。
姐やが嫁いでいったのでたよりが途絶えてしまい、寂しい様子を表しています。
「たより」の別の解釈
三木露風の母親は、父親の酒や遊びが原因で離婚し、明治28年(1895年)に露風の弟を連れて鳥取県の実家へ帰りました。
残された露風は当時6歳で、父方の祖父の家で育てられました。
詩に登場する「姐や」は露風が7歳の時に嫁ぎ、10歳の時には祖母が他界しました。
姐やがどこから来た人かは、露風自身の文章にも兵庫県立美術館の資料にも書かれていません。
露風は昭和34年(1959年)に「家で頼んだ子守娘」に負われて赤とんぼを見たと書いています。
当時の龍野では、武家の家が子守の姐やを雇う習わしがあったといいます。
出典:兵庫県立美術館 ネットミュージアム兵庫文学館「三木露風館」
そのような背景があるため、以下の解釈があります。
●母親の実家からの便り
「15歳で姐やは嫁いでしまった。鳥取の母からの便りも途絶え、頼れるものはなくなってしまった。」
という意味になります。
詩では「たより」とひらがな表記のため「頼り」と「便り」をかけているという解釈もあります。
●母親から姐やへの便り
「15歳で姐やが嫁いでしまったので、姐やが伝えてくれた母の便りも途絶えてしまった」
という意味になります。
詩の「たより」とは手紙だけではなく、人づての口伝や噂も含まれています。
離婚して実家へ帰った母親からの手紙や様子を、姐やを通して聞いていた、とする解釈です。
ただし、姐やが母親の様子を知る立場にあったことを示す記録は見つかっておらず、兵庫県立美術館の解説もこの点は推測にとどめています。
母親が鳥取へ帰ったのは露風が6歳、姐やが嫁いだのは7歳のときなので、姐やが母の便りを伝えられたとしても、1年ほどの間のことになります。
四 夕やけ、小やけの、赤とんぼ。とまつてゐるよ、竿の先。
「今も同じように、夕暮れ時に、赤とんぼが竿の先にとまっている。」
という意味です。
時が流れても夕暮れの風景は変わらず、過去の思い出が鮮やかに浮かんでくる様子を表しています。

いかがでしたでしょうか?
「赤とんぼ」の歌詞がどういうものかわかりましたね。
古い歌の場合、今は馴染みのない言葉を使うことがありますね。
慣れ親しんだ童謡の歌詞を今一度、確認してみると新しい発見があるかもしれません。
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