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二十日正月の意味とは?食べ物は何?小豆粥・麦飯・とろろ・ぶり



 

日本には、古くから続く風習や行事がたくさんあります。

新しい年を迎える「お正月」は、多くの人がどういう日なのかご存知だと思いますが、お正月と関連して「二十日正月」という行事があります。

今回は二十日正月の意味や、食べ物などについて調べていきましょう。

 


二十日正月2021年はいつ?

二十日正月の読み方は「はつかしょうがつ」で、1月20日の行事です。

「二十日正月」はもともと旧暦1月20日の行事ですが、新暦になったときに日付がそのまま引き継がれたので、現在も1月20日のままです。

 

2021年の二十日正月は1月20日(水)です。

 

但し、沖縄県だけは旧暦の日付を新暦に当てはめているため日付が違います。

旧暦は月の満ち欠けを基準にしており新暦は太陽の動きを基準にしているため、旧暦の日付を新暦にあてはめると一か月ほどのズレが生じてしまうからです。

 

2021年の沖縄の二十日正月は2月12日(金)になります。

 

二十日正月の意味とは?

二十日正月は、正月にお迎えした年神様(毎年お正月に各家にやってくる豊作や幸せをもたらす神様)がお帰りになる日と考えられています。

二十日正月を「正月の祝い納め」の日とし、この日をもって正月の行事は終了します。

そのため、二十日正月にはお正月の飾りなどはすべて片付け、正月料理や餅などもすべて食べつくします。

年神様がお帰りになられるので、前夜の1月19日には、尾頭付きのお膳や小豆ご飯をお供えする地域もあります。

 

食べ物は何を食べるの?小豆粥・麦飯・とろろ・鰤(ぶり)

二十日正月に食べる物は、地域によって異なり、以下のようなものがあります。

 

小豆粥

小豆の赤い色には邪気を払う力があると考えられており、二十日正月に小豆粥を食べることで無病息災で一年間を過ごせるそうです。

小豆粥は主に1月15日の小正月に食べる行事食ですが、二十日正月にも食べられます。

 

 

麦飯、とろろ

西日本の一部地域では、「麦正月(むぎしょうがつ)」といいます。

麦は米に次ぐ重要な主食となるため、豊作を祈願する意味合いから、二十日正月に麦飯にとろろをかけて食べたり、麦飯ととろろ汁を食べたりします。

 

現代のように白米が主流になる前は、庶民が白米を食べることは滅多になく、麦飯が主流で、そのころに麦飯ととろろが一緒に食べられるようになったようです。

麦飯ととろろの組み合わせについては、「麦飯がパサパサしていたため、トロトロしたとろろで食べやすくした」「貧しい時代に、麦飯をとろろでかさましして食べていた」「急いでいる人が素早く食べられるように、とろろで喉を通りやすくした」などいろいろな理由があるようですが、定かではありません。

 

 

鮭(さけ)や鰤(ぶり)

二十日正月のことを「骨正月(ほねしょうがつ)」「かしら正月」と呼ぶ地域もあります。

東日本では「栄える」に通じる「鮭(さけ)」、西日本では成長段階で名前が変わる「出世魚」の「鰤(ぶり)」が「おめでたい魚」としてお正月に食べられていますが、鮭も鰤も、二十日正月のころには身が食べつくされて骨だけになっていることから「骨正月」、頭(かしら)だけになっていることから「かしら正月」と呼ばれるようになったそうです。

二十日正月には、骨や頭を水からじっくり炊き、柔らかくなったら酒や塩で味付けをしたり、大根やゴボウなど根菜類と一緒に粕汁やあら煮などにして、すべて食べつくします。

関西では、ぶりの骨を酒かすの中に二十日間入れ、ゴボウ、大根、昆布などと一緒に煮て食べたりするそうです。

 

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鮒(ふな)

佐賀県の有明海では、めでたい魚の代表格である「鯛(たい)」があまり獲れず高価だったため、鯛の代わりに鮒をお正月などに食べていたそうです。

佐賀県鹿島市では二十日正月の前日である1月19日に「ふな市」が開催されます。

そこで購入した鮒で昆布巻きを作り、大根やゴボウなど根菜類と一緒に長時間煮込んだ料理を食べます。

この料理は「ふなんこぐい」と呼ばれ、郷土料理のひとつになっています。

 

他にも「二十日正月」を別の名前で呼ぶ地域もありますが、お正月のごちそうの残りを食べつくす習慣は同じです。

・石川県は「乞食正月」

・岐阜県は「フセ正月」

・群馬県は「棚探し」

・岩手県は「二十日ワッパカ」

 

 


もともと鏡開きは1月20日だった?

現在は、関東では1月11日、関西では1月20日(1月15日の地域もあります)が鏡開きですが、もともとは二十日正月である1月20日が日本全国で鏡開きの日でした。

1月20日が鏡開きの日だった理由は以下のような説があります。

武士の家では武家の象徴である具足(ぐそく・鎧(よろい)・兜(かぶと)などの甲冑のこと)などの前に供えた餅を木槌(きずち)で叩いて割り、雑煮(ぞうに)にして食べました。これを「具足開き(ぐそくびらき)」「具足祝い」と呼んでいました。

 


 

「具足開き」の日が二十日正月の1月20日になったのは、武士の魂である刀の刃柄(はつか)と20日(はつか)かけて、「刃柄(はつか)の祝い」とし、おめでたい日とされていました。

また、女性は鏡台に鏡餅を供え、「初顔(はつかお)祝い」といっていたそうです。

しかし、江戸時代(1603年~1868年)の初期、徳川三代将軍家光が4月20日に亡くなったため、徳川幕府のおひざ元である関東では月命日である20日を避けて、鏡開きが1月11日に変更され、変更が正確に広まらなかった関西では1月20日のままになったといわれています。

 

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 二十日正月とは、正月の祝い納めの日としてお正月の残り物をすべて食べつくす日ということがわかりましたね。

現在は、お正月といってもほとんどのお店が営業しているので、足りなくなった食材はいつでも買いに行くことができます。

しかし、昔は正月三が日だけではなく、小正月である1月15日や、二十日正月である1月20日まで休みのお店がほとんどだったそうです。

そのため、お正月準備で食材の買いだめをしますが、1月も中旬になれば食材が残り少なくなってきます。

正月料理や餅を食べつくし、お正月に供えた魚の骨やかしらも食べてしまうというのは、昔の人の知恵なのかもしれませんね。

 

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