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日本が左側通行になったのはいつから?その理由とは?左側通行の国はどこ?

      2019/09/29

海外旅行をしたとき、日本とは右側通行の車が走っているのを見て、どうして日本と違うのだろうと不思議に思ったことがあるのではないでしょうか?

日本では、車やバイクなどの車両は左側通行ですが、世界中がそうなっているわけではありません。

むしろ、世界では車は右側通行の国が多いようなのです。

今回は、なぜ日本が左側通行になったのか、その理由について調べてみました!

 


日本が左側通行になったのはいつから?その理由とは?

日本が左側通行になった理由については諸説あります。

 

●刀の影響

江戸時代(1603年~1868年)にはすでに左側通行が定着していたといわれています。

当時、武士たちは左の腰に刀を差していました。

もしも右側通行だった場合、すれ違うときに刀の鞘(さや)が当たってしまう可能性があります。

わざとではなくても、鞘が当たったことが原因で争いになりかねないため、安全のために左側通行になったといわれています。

 

●イギリスの影響

明治時代(1868年~1912年)になって、明治政府は支援してくれるイギリスを手本として日本の近代化を進めました。

道路整備や交通についてもイギリスを手本としており、左側通行になったといわれています。

 

左側通行が日本で初めて明文化されたのは、明治14年(1881年)の警察長通達とされています。

そこには「車馬や人力車が行き合った場合には左に避けること」とあり、左側通行の原点と考えられています。

「車馬(しゃば)」とは車と馬のことで、この頃はまだ馬が道路を歩いていました。

 

明治33年(1900年)には、「人道車馬車の区別がある場合は左側を、区別がない場合はその道の中央を通行すること」という「道路取締規則」が規定されました。

これは、人道と車馬道の区別がある場合には車馬は左側を行き、区別がない場合には道の中央を行くようにということで、歩行者はみだりに車馬道を通行しないようにということです。

 

この規定は、内務官僚の松井茂(まついしげる・1866年~1945年)が定めたもので、「左側通行の根拠はなく、なんとなく左側通行が良いと思った」からだそうです。

そのため、最初に説明した「刀の影響」や「イギリスの影響」は後付けの俗説だといわれています。

 

左側通行の国

現在は多くの国が車は右側通行ですが、実は、もともとは左側通行の国が多かったそうです。

 

古代ローマの遺跡には、荷車の轍(わだち)の形跡があり、その形跡から左側通行だったことが判明しており、左側通行の最古の証とされ、古代ギリシャや古代エジプトでも、考古学の専門家が左側通行だったのではないかと分析しているそうです。

 

世界中で左側通行だった理由は、世界の9割ほどが右利きだからだといわれています。

右利きよりも左利きが多い民族は世界中どこにも存在しておらず、右利きの人が右手に武器を持つために、右側の空間が広くなるようにするのが自然なことだったようです。

右側の空間が広ければ、右手で武器を使い身を守ることができますが、右側の空間が狭く左側が広い場合は、武器を自由自在に使うことができません。

そのため、世界中で左側通行になっていたと考えられています。

 

では、なぜ現代は右側通行が多いのでしょうか?その理由についても諸説あります。

 

●ナポレオンの影響

それは、ナポレオン・ボナパルト(1769年~1821年・フランスの軍人)が左利きだったからといわれています。


 

ナポレオンは自身が左利きだったので、左利きの人が武器を使う時に有利に動けるように、右側通行にしたといわれています。

そのため、ナポレオンが征服した国は右側通行になっていき、左側通行のままの国はフランスに征服されなかった国と、イギリスの植民地だった国が多いそうです。

日本はフランスに征服されませんでしたし、イギリスの植民地にもなっていませんが、イギリスを手本としたので左側通行になったようです。

 

他にヨーロッパやアメリカが右側通行の理由は、馬車や銃が関係しているとも言われています。


●馬車の影響

馬車の御者(ぎょしゃ・運転手のこと)は右手で鞭を持ち、馬を操ります。

特に、6頭や8頭の馬を操る大型の荷馬車の場合、すべての馬を操るには真ん中から鞭を振るえるように左側に座ります。

馬車の左側に御者が座るので、左側通行だと対向車との間隔を取ることが難しくなるので右側通行になったといわれています。

また、馬車の右側に座った場合は、左側通行だと対向車と鞭がからむ可能性があるため、右側通行になったといわれています。

 

●銃の影響

また、銃は右の腰に携帯するのが一般的でした。

左側通行の場合はすれ違う時に銃が当たってしまう可能性があるため、余計な争いを避けるために右側通行になったといわれています。

日本の武士が左の腰に刀を差していたから左側通行になったのと逆の理由ですね。

 


左側通行と右側通行の国はどこ?

●左側通行の国

日本、イギリス、オーストラリア、インド、南アフリカ、香港、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ニュージーランド、ジャマイカ、ドミニカ共和国、パプアニューギニア、ケニア、ジンバブエなどおよそ50か国です。

 

 

●右側通行の国

アメリカ、カナダ、メキシコ、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、中国、韓国、北朝鮮、ベトナム、台湾、サウジアラビア、ブラジル、ペルー、ロシア、カンボジア、フィリピン、オランダ、オーストリア、スイス、ポルトガル、モナコ、ポーランド、ギリシャ、クロアチア、トルコ、ブルガリア、ハンガリー、グリーンランド、スウェーデン、デンマーク、グアム、アルゼンチン、チリ、エジプト、カメルーン、コンゴ共和国、スーダン、モロッコ、モーリタニア、アフガニスタン、アラブ首長国連邦、カザフスタンなどおよそ160か国です。

 


 

日本は明治時代に左側通行が明文化されましたが、第二次世界大戦後にアメリカの統治下となった沖縄県は、アメリカと同じ右側通行でした。

沖縄県が昭和47年(1972年)に日本に返還されてもしばらくは右側通行が続き、昭和53年(1978年)の7月30日に、左側通行に変更されました。

7月29日までは右側通行だったのに、30日には左側通行になったわけですね。

左側通行になったにもかかわらず、それまでの習慣でうっかり右側通行をする人も多く、各地で交通事故が起こったそうです。

当時の混乱はどれほどのものだったのか、想像するだけでも大変なことですね。

 

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