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旧暦8月1日の「八朔」の意味や由来、語源とは?どんな行事なの?

      2017/09/20

「八朔(はっさく)」というと、甘酸っぱくておいしい、大きめのみかんの一種・・・と思ってしまいますが、旧暦8月1日のことを「八朔」と言うそうなんです。

今でも昔ながらの風習として受け継がれている行事でもあるのですが、どういうものなのでしょう?

今回は、旧暦8月1日の「八朔」についていろいろ調べてみましょう。

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旧暦8月1日の「八朔」の意味や由来、語源とは?どんな行事なの?

「八朔」は八月朔日(はつがつついたち)の略です。

朔日(ついたち)は1日という意味です。

朔(さく)は、一般的に「新月」のことをいい、旧暦では、新月の日を月初めとしていたので、1日を「月立ち(つきたち)」と呼び、「朔日」という字を当てるようになったといわれています。

旧暦と新暦は1ヶ月ほどのズレがあり、毎年同じ日になるわけではありません。旧暦8月1日を新暦に当てはめると、2017年は9月20日(水)になります。

この時期は稲穂が実り始める大切な時期で、農家では、八朔に新穀(しんこく・その年に取れた穀物)を、主家や恩人などに贈る風習がありました。

 


 

また、台風被害や害虫・鳥の被害を受けることも多くなるので、本格的な収穫を前に、豊作祈願と、田の実りをお供えするという意味を込めて、「田の実の節句(たのみのせっく)」または「田の実の祝い」という行事が行われていました。

 

新穀を主家や恩人などに贈る風習は「田の実」が「頼み」に転じ、親戚や地域で付き合いのある者同士が贈り物をすることで、お互いに助け合うための結束を強めました。

 

鎌倉時代(1185年~1333年)後期になるとこの風習が武家社会にも取り入れられました。

江戸時代(1603年~1868年)には、徳川家康の江戸城入城が天正18年(1590年)八月朔日だったことから、八朔は幕府の重要な日として特に重んじられるようになり、お正月の次に重要な日とされました。

この日に「八朔御祝儀」として、大名や旗本が徳川将軍に祝辞を申し述べたそうです。

 

 

また、花街でも八朔にあいさつ回りをする風習があり、現在でも京都では新暦8月1日に芸子さんや舞子さんが正装姿で、茶屋や師匠のところをあいさつ回りするそうです。

また、八朔は「農家の三大厄日」のひとつといわれています。

農家の三大厄日は「八朔」「二百十日(にひゃくとおか・立春から210日目)」「二百二十日(にひゃくはつか・立春から220日目)」のことを指し、台風が来ることが多く、農作物の被害が多かったことが由来とされています。

三大とはいうものの、八朔は旧暦8月1日のため、新暦に換算すると毎年日付が異なることから徐々に忘れ去られているそうです。

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果物の八朔との関係は?

みかんの一種である八朔は、1860年ごろに広島県因島の寺の境内で偶然発見され、それを食べた寺の住職が「8月1日ごろには食べられる」と言ったことから、「八朔」と呼ばれるようになったそうです。

しかし、この時期の八朔はまだ実が小さく、食用には適しません。

現在は12月~2月ごろに収穫し、1~2か月ほど冷暗所で熟成させてから出荷されています。

 

 

あまり馴染みのない行事ですが、現在でも京都などでは受け継がれていることがわかりました。八朔は時代とともに形を変えていきましたが、地域の人たちがお互いの結びつきを強めるため、今も大事にされているのですね。

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