半纏・法被・どてら・丹前・ちゃんちゃんこの違いとは?それぞれの名前の由来と歴史

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半纏・法被・どてら・丹前・ちゃんちゃんこの違いとは?それぞれの名前の由来と歴史

寒い季節に大活躍するもののひとつに、半纏があります。

半纏と同じようなもので、法被、どてら、丹前、ちゃんちゃんこもありますが、その違いとはなんでしょうか?

わかりやすく解説します。

また、それぞれの名前の由来と歴史をご紹介します。

 

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目次

半纏とは?

読み方は「はんてん」です。

ほかに、

  • 「袢纏」
  • 「袢天」
  • 「半天」
  • 「半丁」

などの表記もあります。

赤いチェック柄で襟が黒く、胸元を紐で結ぶ半纏のイラスト

半纏

半纏は、羽織に似た丈(たけ)の短い上着で、襟(えり)を折り返さずに着るのが特徴です。

もともとは前を留める紐(ひも)を付けませんでしたが、現在は紐の付いたものもあります。

防寒着、部屋着として着用することが多く、職人の作業着としても用いられています。

丈は腰のあたりまでの短いものが一般的です。

 

「半纏」の名前の由来は定かではありません。

●袖や丈が半分程度だから「半丁(はんてん)」と呼ばれたものが「半天」となり、「身に纏う(まとう)」ことで「半纏」となった説

●丈が短い着物を「半着(はんぎ)」や「半丈(じょう)」と呼んでいたのが転じて「はんてん」となり「袢纏」や「半纏」などいろいろな漢字が当てられたという説

●肌襦袢(はだじゅばん・着物の際の下着)の「袢」から「袢纏」となった説

など諸説あります。

 

半纏にはいろいろな種類があります。

 

祭り半纏(まつりはんてん)

祭やイベントで着用される半纏です。

「祭り法被(まつりはっぴ)」とも呼ばれます。

江差山車会館の入口に掛けられた、町名や山車の名前を染め抜いた白と紺の祭り半纏3着

祭り半纏(北海道江差町・江差山車会館) 写真:BATACHAN(CC BY-SA 4.0) 出典:Wikimedia Commons

 

長半纏(ながはんてん)

一般的な半纏と比べて丈が長く、膝下辺りまであります。

用途はさまざまで、よさこい祭りなどの踊りの衣装としても使われています。

 

神輿半纏(みこしはんてん)

神事などでお神輿を担ぐ時に着用する半纏です。

 

綿入れ半纏(わたいれはんてん)

半纏に綿を入れた防寒着です。

赤いチェック柄に黒い襟の綿入れ半纏。胸元を紐で結んでいる

綿入れ半纏

 

太鼓半纏(たいこはんてん)

和太鼓を叩くときに着用する半纏です。

太鼓を叩く時に邪魔にならないよう、袖を短くしたデザインが多いです。

 

消防半纏(しょうぼうはんてん)

江戸時代(1603年~1868年)に町の火消しが着ていた半纏で、現在でもイベントの際に消防士が着用します。

絵が描かれ、刺し子で縫われた火消し半纏の表と裏

火消し半纏(19世紀、ホノルル美術館所蔵) 出典:Wikimedia Commons

 

法被とは?

読み方は「はっぴ」です。

ほかに「半被」という表記もあります。

 

法被は、着物の上に着用する、前開きの短い上着です。

お祭りに参加するときや、お神輿(みこし)をかつぐときに着用され、消防団や職人の作業着としても用いられます。

橙色の法被の前と後ろのイラスト。前は紐がなく、後ろは背中に「祭」の字

法被(左が前、右が後ろ)

 

現在、半纏と法被はほとんど区別されずに使われていますが、もともとは次のような違いがありました。

 

●丈が違う

半纏は腰のあたりまでの丈です。

法被はお尻のあたりまでの丈です。

 

●袖が違う

半纏は袖が短く、幅が狭いです。

法被は袖が長く、幅が広いです。

 

●もともとの用途が違う

半纏は、庶民の防寒着でした。

法被は、武家の上着でした。

 

ただし、いまは同じ衣服でも、地域や団体によって「半纏」と呼んだり「法被」と呼んだりします。

そのため、名前だけで2つを見分けることはできません。

 

法被の名前の由来は諸説あります。

 

半臂(はんぴ)が由来という説

「はっぴ」という呼び名は、「半臂(はんぴ)」という古代中国から伝わった衣服の名前が変化したものだという説があります。

半臂は、昔の貴族が正装のときに上着の下に着た、短い胴着です。

袖がないか、ひじの半ばまでの短いもので、「臂」は「ひじ」のことです。

この呼び名が「はっぴ」に変わり、「半被」という漢字が当てられたといわれています。

 

禅宗の「法被(はふひ)」が由来という説

禅宗では、位の高い僧侶が座る椅子の背もたれに掛ける布を「法被(ほうひ・はふひ)」といいます。

「はっぴ」は、この「はふひ」が変化した呼び名だという説もあります。

ただし、椅子に掛ける布と上着はまったく別の物で、なぜ同じ名前で呼ばれるようになったのかは、はっきりしていません。

出典:コトバンク「法被」

 

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半纏と法被の歴史

半纏がいつごろからあるのか明確なことはわかっていませんが、江戸時代(1603年~1868年)の中期ごろにはあったと考えられています。

一方、「法被」という呼び名は平安時代ごろからありましたが、当時は下着を指していました。

江戸時代になると、現在のような上着を指すようになりました。

上着としての法被は、武家の奉公人などが家紋を染め抜いたものを着たのが起源とされています。

 

半纏は、天保の改革(1841年~1843年)がきっかけで庶民の間でも広まったといわれています。

きっかけは、女性が羽織(はおり)を着ることを禁じられたことでした。

羽織は、防寒や装飾、礼装のために着物の上から着用する上着で、もともとは武家の男性の正式な外出着でした。

女性が男物の羽織を着ることは「着衣の乱れ」と考えられていました。

しかし、男物の羽織を着る芸者が現れ、一般の女性にも流行しました。

天保の改革では、贅沢品が禁じられ、風紀の乱れや華美な服装、装飾品が取り締まられました。

女性が羽織を着ることも、風紀や秩序を乱すとして取り締まりの対象となりました。

羽織を禁止された女性たちは、それまで防寒着や仕事着だった半纏を、外出時に着るようになりました。

出典:コトバンク「半纏」

 

当時の法被と羽織は、襟の布を外側に折り返して着るのが特徴でした。

一方、半纏は襟を折り返さず、そのまま着るのが特徴でした。

見た目はよく似ていましたが、襟を折り返すかどうかが違ったのです。

襟を折り返さない半纏は、羽織とは異なる服装として受け止められ、禁令の抜け道になったといわれています。

 

やがて法被にも、襟を折り返さない形のものが現れ、庶民の間に広まりました。

この形の法被は半纏と混同されるようになり、両者の区別は次第に曖昧(あいまい)になったようです。

 

江戸時代後期ごろには、襟や背中に家紋や屋号(やごう)を染め抜いた「印半纏(しるしばんてん)」が広まりました。

襟に「豊田紡織株式會社」の文字、腰に模様を白く染め抜いた紺の印半纏を着たマネキン

大正時代の豊田家の印半纏(トヨタグループ館) 写真:KKPCW(Kyu3)(CC BY-SA 4.0) 出典:Wikimedia Commons

大工、庭師、商家の奉公人などは、働き先から支給された印半纏を仕事中に着ました。

背中の屋号や家紋が、どの店や職人のもとで働く人なのかを示す目印になったため、「通い半纏」とも呼ばれました。

また、背中の屋号は、通行人に店の名前を見せる宣伝の役割も果たしました。

 

どてらとは?

漢字で「褞袍」と書きます。

どてらは、綿を入れた丈の長い防寒用の着物で、家庭や旅館で用いられています。

綿がたっぷり入っていて袖が広く、ゆったりとした作りです。

江戸時代の書物に描かれた、縦縞の柄で袖が広く、裾まで丈の長い丹前(どてら)の図

江戸時代の書物に描かれた丹前(どてら)の図 出典:Wikimedia Commons

 

「どてら」の名前の由来は不明です。

 

綿入れ半纏のことを「どてら」と呼ぶこともあります。

どちらも綿を入れた防寒着なので混同されますが、厳密には丈の長さが違います。

綿入れ半纏は、腰のあたりまでの丈の短い上着です。

どてらは、膝下あたりまでの丈の長い上着です。

 

丹前とは?

読み方は「たんぜん」です。

「丹前」は「どてら」の関西地方での呼び名です。

 

「丹前」の名前は、江戸時代前期の「丹前風呂(たんぜんぶろ)」に由来するといわれています。

丹前風呂は、大名の堀直寄(ほりなおより・1577年~1639年)、通称・堀丹後守(ほりたんごのかみ)の屋敷の前にあった複数の風呂屋の総称です。

屋敷の前は「丹後殿前(たんごどのまえ)」と呼ばれ、これを略したのが「丹前」です。

丹前風呂に通う男性たちの間で、派手な柄で袖の広いどてらが流行し、そのどてらのことを「丹前」と呼ぶようになったのが由来です。

出典:コトバンク「丹前」

 

こうして生まれた丹前は、その後、上方(関西)に伝わり、「丹前」という呼び名が定着したといわれています。

一方、江戸では同じものを「どてら」と呼ぶようになりました。

そのため、いまでも関西では「丹前」、関東では「どてら」と呼ぶことが多いのです。

 

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ちゃんちゃんことは?

ちゃんちゃんこは、袖なしの防寒着のことです。

綿入りでゆったりと作られており、着るときは帯を締めず、お腹の辺りを紐で留めます。

ちゃんちゃんこは、防寒しながら農作業や家事などがしやすいということで、江戸時代の庶民の間で広まりました。

 

「ちゃんちゃんこ」の名前の由来には、諸説あります。

●江戸時代、清(中国)の服装をした飴売りが、鉦(かね)を「ちゃんちゃん」と鳴らしながら町を歩いていたことが由来という説

●袖がないので、農作業などを「ちゃんちゃんと(てきぱきと、きちんと)」できることが由来という説

また、ちゃんちゃんこは長寿のお祝いで贈るイメージが強いです。

長寿のお祝いは、還暦(かんれき)が最初です。

干支(十干十二支・じっかんじゅうにし)は60年で一巡し、生まれた年の干支に戻ります。

このことから、還暦には「暦が還る(かえる)」「赤ちゃんに還る」という意味があります。

「赤ちゃんに還る」ことから、赤ちゃんが着る産着(うぶぎ)や袖なし半纏になぞらえて、ちゃんちゃんこを贈るようになったといわれています。

また、赤い色には魔除けの意味があり、昔は赤ちゃんの産着にも赤い色が使われていました。

台の上にたたんで置かれた、還暦祝いの赤いちゃんちゃんこ

還暦祝いの赤いちゃんちゃんこ

 

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半纏、どてら、丹前、ちゃんちゃんこの違いがわかりましたね。

人によっては、半纏を丹前と呼んだり、ちゃんちゃんこをどてらと呼んだりすることもあります。

どれも日本の伝統的な防寒着ですから、厳密に区別して呼び分けなくても「暖かく冬を過ごせる便利なもの」と思っていたら良いのかもしれませんね。

冬の部屋着にぴったりの綿入れ半纏は、通販でも購入できます。

 

 

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