
中学校の音楽の授業で「荒城の月」を習った人は多いと思います。
ただ、歌詞には「千代の松が枝」「植うる剣」など、今は使わない言葉が並びます。
意味がわからないまま歌っていた、という人も多いのではないでしょうか。
暗く寂しい曲調から、「怖い」といわれることもあります。
「荒城の月」の歌詞の意味とはなんでしょうか?
「荒城の月」がなぜ怖いといわれるのか、モデルになった城はどこなのかなどについても解説いたします。
「荒城の月」とは?
読み方は「こうじょうのつき」です。
作詞は、土井晩翠(どいばんすい・1871年~1952年)です。

土井晩翠 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
作曲は、瀧廉太郎(たきれんたろう・1879年~1903年)です。

瀧廉太郎 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
「瀧廉太郎」の表記が正式ですが「瀧」が旧字体のため、現在の教科書などでは新字体の「滝」を用いて「滝廉太郎」と表記されることもあります。
東京音楽学校(現在の東京藝術大学)は、中学校で歌う唱歌集『中学唱歌』を作るために、明治32年(1899年)に文学者や音楽家などに作詞・作曲を頼み、さらに一般からも曲を募集しました。
「荒城の月」の詞は、この募集のために東京音楽学校が土井晩翠に頼んで書いてもらったもので、もとの題は「荒城月」でした。
瀧廉太郎はこの詞に曲をつけて応募し、入選しました。
明治34年(1901年)に『中学唱歌』が出され、「荒城の月」もその中に収められました。
出典:愛媛大学教育学部紀要 木村勢津「歌唱共通教材としての「荒城の月」」
従来のヨナ抜き音階ではなく、西洋音楽の旋律で作られた「荒城の月」は、日本の歌曲の歴史の始まりを代表する作品とされています。
ヨナ抜き音階とは、日本の伝統的な音階のことです。
西洋音楽におけるドを主音とする「ドレミファソラシ」に当てはめたときに、ドから四つ目のファと、七つ目のシがない音階(ドレミソラ)です。
西洋音楽での音階である「ドレミファソラシ」のことを、数字の「一つ・二つ・三つ…」になぞらえて「ヒフミヨイムナ」と読んでいたので、そのヨとナを抜いた事から名付けられました。
ヨナ抜き音階は、唱歌や童謡から演歌、J-POPまで、多くの曲に使われています。
たとえば、
- 「蛍の光」(スコットランド民謡)
- 「チューリップ」(童謡)
- 「上を向いて歩こう」(坂本九)
- 「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)
- 「昴」(谷村新司)
- 「箱根八里の半次郎」(氷川きよし)
- 「千本桜」(初音ミク)
- 「恋」(星野源)
などがあります。
原曲は滝廉太郎の作曲でロ短調ですが、大正6年(1917年)に山田耕筰(やまだこうさく・1886年~1965年)がニ短調に移調し、旋律を編曲したものが現在主流となっています。
「荒城の月」の歌詞の意味とは?
「荒城の月」の歌詞を一番から現代語訳を合わせて解説します。
一
春高楼の 花の宴(はるこうろうの はなのえん)
巡る盃 影さして(めぐるさかずき かげさして)
千代の松が枝 分け出でし(ちよのまつがえ わけいでし)
昔の光 今いずこ(むかしのひかり いまいずこ)
【現代語訳】
春、天守閣をのぞむ城内で花見の宴が開かれ
回し飲む酒の盃に月の影が映る
千年も続くという長寿の松の枝から、月の影がもれるほどに差していた
昔の栄華は今どこにあるだろう
二
秋陣営の 霜の色(あきじんえいの しものいろ)
鳴きゆく雁の 数見せて(なきゆくかりの かずみせて)
植うる剣に 照り沿いし(ううるつるぎに てりそいし)
昔の光 今いずこ(むかしのひかり いまいずこ)
【現代語訳】
秋の戦場、軍の陣地に霜が降りて色が変わる
鳴いて飛び去って行く雁が数えられるくらいだ
地面に突き刺さった剣にも映るくらいの
昔の栄華は今どこにあるだろう
三
今荒城の 夜半の月(いまこうじょうの よわのつき)
変わらぬ光 誰がためぞ(かわらぬひかり たがためぞ)
垣に残るは ただ葛(かきにのこるは ただかつら)
松に歌うは ただ嵐(まつにうたうは ただあらし)
【現代語訳】
今や荒れ果てた城跡を夜半の月が照らす
昔と変わらない月の光は誰のためのものなのか
石垣に残っているのは葛のつたのみ
松の枝を鳴らすのは風の音のみ
四
天上影は 変わらねど(てんじょうかげは かわらねど)
栄枯は移る 世の姿(えいこはうつる よのすがた)
映さんとてか 今も尚(うつさんとてか いまもなお)
ああ荒城の 夜半の月(ああこうじょうの よわのつき)
【現代語訳】
天上の月が照らす光と影は今も変わらない
時々に移り変わる栄枯盛衰の世の中を
今もなお映そうとしているのか
ああ、荒れた城跡を照らす夜半の月よ

「荒城の月」は、栄華を極めた城が荒廃していく様子や無常観を歌っています。
一は、賑やかな春の城の様子です。
酒の盃に月が映り込み、長寿を象徴する松の枝からは月光が差し込んでいた。
満開の桜と栄華に満ちていたかつての輝きはどこへいってしまったのかという意味です。
二は、秋の戦場の様子です。
霜が降るほど冷え込んだ戦場の夜に、渡り鳥の雁が列をなして渡っていく。
地面につき立てられた剣に、月の光を美しく反射していた。
あの勇壮で緊張感に満ちたかつての輝きはどこへいってしまったのかという意味です。
三は、廃墟となってしまった城の現在の様子です。
賑やかな春や栄華は失われ、城は荒れ果ててしまった。
月光だけが変わらず虚しく城跡を照らしているが、その光は誰のために注がれているのか。
垣根には葛のつたが絡まり、松を揺らす風の音だけが寂しく響いているという意味です。
四は、変わらぬ自然と儚い人間世界の様子です。
天上を渡る月の姿は今も昔も変わらない。
人間の世界では栄枯盛衰が移り変わっていくのに。
月は世の中の無常の姿を映し出そうとして、今もなお荒れ果てた城を照らしているのだろうかという意味です。
なぜ怖いといわれるの?
「荒城の月」が怖いといわれる理由はいくつかあります。
●曲調が不気味に感じるから
ゆったりとしたテンポと、暗く哀愁漂う曲調を不気味に感じる人が多く、そこから「怖い」という感情を抱くようです。
●廃墟が舞台だから
「荒城」は、荒廃した城のことです。
葛のつたが気味悪く絡まった石垣、誰もいない荒れた城跡に吹く風が悲鳴にも聞こえると想像してしまいます。
●戦争を連想するから
秋の戦場の様子が歌われていることもあり、戦争で殺されてしまった人の無念や死の気配、無常観などで怖いと思ってしまいます。
特に、戊辰戦争の時の会津落城をイメージする人が多いようです。
●瀧廉太郎が早世したから
瀧廉太郎は結核のため23歳という若さで亡くなりました。
天才作曲家ともいわれる瀧廉太郎が早世したことから、不吉であることや悲劇や呪いに結びつき、「怖い」という印象を抱かせるようです。
モデルになった城はどこ?
作詞の土井晩翠と作曲の瀧廉太郎では、モデルとしてイメージした城が違うようです。
土井晩翠がモデルとしたのは宮城県の青葉城と福島県の鶴ヶ城です。
青葉城の正式名称は「仙台城」です。

仙台城跡の大手門脇櫓と石垣(脇櫓は昭和20年の空襲で焼失し、昭和42年に再建されたもの)
宮城県は土井晩翠の出身地であり、戊辰戦争後に青葉城の建物が取り壊され、かつての栄華を失って荒廃していた城跡の風景が、作詞の大きなベースとなりました。
鶴ヶ城は「若松城」が正式名称で、「会津若松城」とも呼ばれています。

明治7年(1874年)の取り壊しの際に撮られた鶴ヶ城の天守閣(絵葉書・CC BY 4.0) 出典:たましん地域文化財団
戊辰戦争の激戦地となり、新政府軍に抵抗していた会津藩は、15歳~17歳前後の少年で組織した「白虎隊」という年少部隊を作りました。
白虎隊は会津を守るために戦い、敗退し飯盛山にたどり着いたとき、鶴ヶ城が炎と煙に包まれていました。
少年たちは
「このままぐずぐずしていれば、敵の手にかかって後の世までも恥をさらすようなことになるぞ」
「そうだ、最後まで会津の武士らしく、いさぎよく、みんなここで切腹しよう」
と話し合い、鶴ヶ城に一礼をして自ら命を絶ちました。
また、会津藩のいくつかの武家の女性や子供たちも、鶴ヶ城の落城をみて自ら命を絶ったこともあり、白虎隊の少年たちの悲劇と合わせて「会津落城の悲劇」として現在も語り継がれています。
土井晩翠は修学旅行で、荒れ果てた鶴ヶ城の城跡と、白虎隊が自ら命を絶った飯盛山を訪れており、晩年に、「荒城の月」の詞を頼まれたとき第一に思い浮かんだのは鶴ヶ城だったと回想しています。
会津落城の悲劇が「荒城の月」の無常観や哀愁のイメージになっているようです。
出典:レファレンス協同データベース「「荒城の月」のモデルはどこの城か?」
瀧廉太郎がモデルとしたのは、大分県の岡城と富山県の富山城です。
岡城は、瀧廉太郎が幼少期を過ごした大分県竹田市にあります。
臥牛城(がぎゅうじょう)や豊後竹田城(ぶんごたけたじょう)とも呼ばれています。

岡城跡の高石垣と大手坂
石垣のみが残る荒廃した城跡が、名曲の旋律を生み出す強いインスピレーションとなったそうです。
富山城は、瀧廉太郎が小学校時代を過ごした富山市にあった城です。
岡城と同じように、石垣と本丸の高楼のみが残る城跡で、作曲の影響を与えた可能性があるそうです。

富山城の石垣と堀(天守は昭和29年に建てられたもので、中は富山市郷土博物館)
「荒城の月」の歌詞は、栄枯盛衰を歌っているのですね。
作詞の土井晩翠と作曲の瀧廉太郎ではモデルとなった城が違いますが、築城当時の姿はすでに無いというのが共通しています。
時の流れの中で、人々は栄えたり衰退したり滅びたりします。
しかし、人の世界を照らす月の光は今も昔も変わりません。
私たちがこの世からいなくなった後も、月は地球を照らし続けるのでしょうね。
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