
昭和20年(1945年)に第二次世界大戦が終結しましたが、日本は国土にも空襲を受け、人類史上初のそして今のところは唯一の原子爆弾の被災国となっています。
被害は甚大で、大きな傷跡を負った日本。
凄惨な状況だった戦争、この悲劇を繰り返さない為にも終戦記念日とはいつなのか、どういうものなのか改めて振り返りたいと思います。
終戦記念日2026年は終戦から何年?
2026年の終戦記念日は8月15日(土)です。
今年、2026年は終戦から81年です(戦後81年)。
「終戦記念日」と「終戦の日」の違いは?
「終戦記念日」のほかに、「終戦の日」という表現もあります。
違いは何なのでしょうか?
実は「終戦記念日」と「終戦の日」は、同じ意味の言葉です。
しかし、メディアによって使い分けています。
大手のメディアの場合、
- 「終戦の日」と表現しているのは、NHK、TBS、フジテレビ、テレビ朝日など
- どちらの表現も使っているのは、読売新聞、毎日新聞、朝日新聞、日本テレビ、日経新聞、時事通信など
調べてみると、「終戦記念日」だけを使っている大手のメディアは見当たりませんでした。
なぜこのように使い分けているのでしょうか?
それは「記念日」という呼び方に抵抗を感じる人に配慮するためです。
「記念日」とは、何らかの物事や過去の出来事を記念する日のことで、「記念」は、「忘れずに心にとどめておくこと」という意味があります。
そのため「記念日」は、「結婚記念日」や「創立記念日」などの喜ばしい出来事やおめでたい出来事だけに使うものではありません。
「震災記念日」のようにつらい出来事や、悲しい出来事などにも使われるのです。
しかし「記念日」というと良いことに使うイメージが強いため、「終戦記念日」ではなく「終戦の日」という表現にするメディアもあるということです。
出典:NHK放送文化研究所「8月15日は「終戦記念日」「終戦の日」?」
一方、ネットでは、いまも多くの人が「終戦記念日」と検索しています。
Googleで8月の検索数を比べたところ、その差は年々縮まっていました。
| 8月 | 終戦記念日 | 終戦の日 | 差 |
| 2004年 | 37 | 0 | ― |
| 2010年 | 49 | 12 | 4.1倍 |
| 2015年 | 100 | 22 | 4.5倍 |
| 2020年 | 57 | 16 | 3.6倍 |
| 2025年 | 95 | 33 | 2.9倍 |
※数字は検索の多さを表す指数で、いちばん多かった月を100としています
20年あまりで差は半分近くまで縮まりましたが、それでもまだ2.9倍の開きがあります。
いちばん検索されたのは戦後70年にあたる平成27年(2015年)8月でした。
ということで、「終戦記念日」と「終戦の日」はどちらも同じ出来事を表し、違いはありません。
なお、8月15日には「戦没者を追悼し平和を祈念する日」という正式名称もあります。
昭和57年(1982年)に政府が閣議決定したもので、毎年この日に全国戦没者追悼式が行われています。
終戦記念日 なぜ日本では8月15日?
日本の終戦記念日は8月15日となっていますが、なぜこの日が終戦記念日となったのでしょうか?
昭和16年(1941年)12月8日、日本は真珠湾攻撃を皮きりに太平洋戦争(大東亜戦争)に突入しました。
その後勢いに乗り太平洋の島々を占拠していった日本ですが、昭和17年(1942年)6月5日に起こったミッドウェーでの海戦を機に戦況は少しずつ悪くなっていきます。
物資も乏しくなり、次第に追い詰められていきます。
東京大空襲や日本全土に空襲を受け、昭和20年(1945年)8月6日にはついに広島に原爆投下、さらに8月9日には長崎に原爆が投下されます。

日本のポツダム宣言受諾を発表するトルーマン大統領
甚大な被害を受けた日本はついに8月14日にポツダム宣言を受諾しました。
ポツダム宣言とは、ベルリン郊外ポツダムにおいて発表されたアメリカ・イギリス・中華民国からの日本への降伏要求の最終宣言のことです。
おもな内容は次のとおりです。(わかりやすい文章にしています)
- 日本国民をだまして戦争へ導いた者たちの力を、永久に取り除くこと
- 日本が戦争を続ける力を失ったと確認できるまで、連合国が日本を占領すること
- 日本の領土を、本州・北海道・九州・四国と連合国が決める島だけにすること
- 日本軍の武装をすべて解除すること
- 戦争犯罪人を厳しく処罰すること
- 言論・宗教・思想の自由と基本的人権の尊重を確立すること
- 日本軍の無条件降伏(連合国が示した条件をそのまま受け入れること)

そして、8月15日に昭和天皇の肉声による玉音放送にて、日本国民に発表されました。
つまり、8月15日は日本国民に大日本帝国の敗戦が伝えられた日なのです。
その後、昭和57年(1982年)にこの日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に定める事が閣議決定されました。
8月15日で戦争は終わっていなかった
みなさんは8月15日に日本がポツダム宣言を受け入れ、武装解除して、戦争は終わったと思っていませんか?
実は、その3日後、日本の北の端では日本軍が再び武器を手に取り戦っていたのです。
昭和20年(1945年)8月18日、千島列島の最北端にある占守島(しゅむしゅとう)にソ連軍が上陸しました。

占守島の位置(赤)
なぜソ連は攻めてきたのでしょうか?
日本とソ連のあいだには、昭和16年(1941年)4月に結ばれた日ソ中立条約がありました。
互いに相手を攻撃しないと約束したもので、その有効期限は昭和21年(1946年)4月まででした。
つまり占守島に上陸した時点で、この条約はまだ有効だったのです。
しかし、ソ連は8月9日に宣戦布告し、8月11日には南樺太へ侵攻、8月15日を過ぎても攻撃の手を緩めませんでした。

樋口季一郎中将
当時、北の守りを担っていたのは、司令官の樋口季一郎(ひぐちきいちろう)中将率いる第5方面軍でした。
日本はすでにポツダム宣言を受け入れ、武装解除を進めていました。
そしてソ連軍が北海道に侵攻してきたのです。
樋口中将が発した命令は「断固反撃に転じ、上陸軍を粉砕せよ」でした。
日本軍はふたたび武器を取り、水際でソ連軍の上陸部隊に大きな損害を与えて侵攻を防いだのです。
もし、樋口季一郎中将はじめ日本軍が戦っていなければ、現在北海道はロシア領になっていたかもしれません。
出典:樋口季一郎記念館
ソ連軍はその後も進軍を止めず、8月28日から9月5日までのあいだに北方四島を占領しました。
北方四島とは、
- 択捉島(えとろふとう)
- 国後島(くなしりとう)
- 色丹島(しこたんとう)
- 歯舞群島(はぼまいぐんとう)
を指します。
外務省はこの四島を「一度も他国の領土となったことがない、日本固有の領土」と位置づけています。
そのうえで「今日に至るまでソ連・ロシアによる不法占拠が続いています」と説明しています。
出典:外務省「北方領土」
いま北方領土問題と呼ばれているものは、8月15日より後に起きた出来事から始まっています。
日本の戦争はポツダム宣言を受け入れたからといって終わったわけではなかったのです。
海外の終戦記念日(戦勝記念日)
海外でも終戦記念日は8月15日なのでしょうか?
海外では、終戦記念日にあたる日を「VJ Day」と呼んでいます。
「Victory over Japan Day」の略で、対日戦勝記念日という意味です。
連合国側であるアメリカでは、大日本帝国政府が公式にポツダム宣言による降伏文書に調印した1945年9月2日をVJ Dayとしています。
一方、イギリスとカナダでは玉音放送のあった8月15日をVJ Dayとしています。

戦艦ミズーリで行われた降伏文書の調印 重光外務大臣
また、同じく連合国の中華民国、連合国ではない中華人民共和国では9月3日が対日戦勝記念日とされています。
9月3日としたのは、調印の翌日に中国全土で戦勝の祝賀が行われたためです。
中華民国はいまの台湾の正式名称です。
当時は中国大陸を統治していましたが、内戦に敗れて終戦から4年後の昭和24年(1949年)に台湾へ移り、大陸には新しく中華人民共和国ができました。
連合国ではない、朝鮮半島では日本統治から正式に解放された日付は9月2日ですが、VJ Dayにあたる光復節(韓国)と解放記念日(北朝鮮)は8月15日となっています。
少し複雑なのがロシアです。
ソビエト連邦時代は9月3日を対日戦勝記念日としていました。
それは、ソビエト連邦政府が降伏文書調印の翌日に戦勝記念式典を開いたことからこの日を対日戦勝記念日としたためです。
その後、1991年にロシア連邦となっても同じく9月3日としていました。
しかし、2010年に連邦議会が9月2日を「第二次世界大戦が終結した日」とする法案を可決し、いったん9月2日へ変わりました。
その後、2020年に9月3日へ戻され、2023年からは「軍国主義日本への勝利と第2次大戦終結の日」という名称になっています。
出典:ロシア、初の「対日戦勝記念日」 北方領土で行事(日本経済新聞)
ただし、先述したとおり、ソ連軍が北方四島の占領を終えたのは9月5日です。
つまり、ロシアが第2次大戦終結の日とした9月3日以降も、日本領土への侵攻は続いていたことになります。
戦争の終結と主権回復の日
終戦記念日とは別に戦争が終結したことに関連する日があります。
昭和27年(1952年)4月28日にサンフランシスコ平和条約が発効し、戦後連合国による占領支配下にあった日本が独立国として主権を回復し、日本と多くの連合国との間の戦争状態が終結しました。

サンフランシスコ平和条約に署名する吉田茂 昭和26年(1951年)9月8日
また、平成25年(2013年)4月28日には主権回復から60年の節目を記念して、第二次安倍内閣のもとで日本政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が行われました。
この日を「主権回復の日」と呼ぶのは自由民主党の公約や議員連盟による呼び方で、記念日として法律や閣議決定で定められたものではありません。
いかがでしたでしょうか?
現在は戦争をすることもなく平和に過ごす事が出来る日本ですが、終戦記念日という日は平和がどれほど大切で尊いものなのか再認識するきっかけになる記念日だと思います。
今を生きる人たちはもちろん未来に生きる子供たちのためにも、戦争のない平和な世界が続くといいですね。
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コメント
コメント一覧 (3件)
ありがとうございます。
とっても役に立ちました。
コメントありがとうございます!
お役に立てて嬉しいです。
これまで書き込みなどはしておりませんでしたが
ここで書く内容では無いのかも知れないが
年を取ったのか、昨今の政治・経済・報道・利己主義・勝てば正義等で
平和が崩れそうで呟きます
戦争はダメ
民主主義を力で押しるけるのもダメ
本当に苦労している人を排除するのもダメ
だいたい先の戦争責任を本当に追及解明出来て無いのでは
なぜ戦争は始まったのか
国民は情報操作で戦争に加担しない者は悪と成った理由は
戦後直後の政治で戦争犯罪人と思しき者が返り咲いた理由は
数々の戦争中、戦後の理不尽の根源は
私も入ると思うが自分の考えを書き込み他のへの考えを押し込む
愚痴になりそうなので止めます