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神社・神宮・大社・八幡宮・天満宮・東照宮・権現・稲荷・明神の意味と違いとは?

      2018/07/09

神道の信仰で神々を祀るための建物を神社といいますが、神社には、いろいろな名前があります。

例えば、伊勢神宮や出雲大社、太宰府天満宮や日光東照宮などなど。

地名などのあとに「神社」「神宮」「大社」「八幡宮」「天満宮」「東照宮」「権現」「稲荷」「明神」などの名前がついていますが、これらの名前にはどのような意味や違いがあるのでしょうか?

 

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神社・神宮・大社の意味と違いとは?

まず、神社・神宮・大社について見ていきましょう。

「〇〇神社」や「〇〇神宮」のように、地名などのあとに続くものを「社号」といいます。

社号は神社の格式を示し、「神社」「神宮」「大社」「宮」「大神宮」「社」の6つあり、最も格式が高いのが「神宮」で、次が「大社」と「宮」です。

それぞれどのような意味があるのでしょうか?


神社(じんじゃ)

「神社」は一般的な神社に用いられる社号です。

 

神宮(じんぐう)

「神宮」は皇室とゆかりの深い由緒ある神社の社号で、第二次世界大戦までは天皇の許可がないと「〇〇神宮」と名乗れませんでした。

戦後は自由に名乗れるようになったとはいえ、格式が高く特別な由緒を持つ神社だけが名乗っています。

皇室の祖先神(そせんしん・先祖の霊を神として祀ること)を祀っているところが「〇〇神宮」と呼ばれています。

また、私たちは普段「伊勢神宮」と呼んでいますが、実は、伊勢神宮の正式名称は「神宮」の2文字だけで、「伊勢神宮」は通称です。

「伊勢神宮」は、天皇の祖先とされる天照大御神(あまてらすおおみかみ)が祀られ、すべての神社の上に位置する神社ということで、別格の扱いになっています。


大社(たいしゃ)

「大社」は地域信仰の中心となる格式が高く規模の大きな神社の社号です。

最も有名な「出雲大社」は一般的には「いづもたいしゃ」と読みますが、の正式な読み方は「いづもおおやしろ」です。また、「大社」の2文字だけで「おおやしろ」と読むと「出雲大社」のことを指します。

それ以外の神社は「〇〇たいしゃ」と読みます。

もともと出雲大社は「杵築大社(きづきのおおやしろ)」と呼ばれており、明治時代に「出雲大社」と改称しました。

明治時代まで「大社」といえば「出雲大社」にしか用いないものでしたが、明治以降になると格式が高く、規模の大きな神社の名前として用いられるようになりました。


その他

「宮(みや・ぐう)」は、格式が高く、特別な由緒を認められた神社の社号で、天皇や皇室にまつわる人物を祀る神社や、菅原道真を祀る「天満宮」や徳川家康を祀る「東照宮」のように歴史上の人物を祀る神社も「〇〇宮」と名乗ることがあります。

「大神宮(だいじんぐう)」は、伊勢神宮の内宮(ないくう・天照大御神をお祀りしているところ)のことを指し、広い意味では、東京大神宮や山口大神宮など、伊勢神宮と同じ御祭神を祀る神社の社号です。

「社(しゃ)」は、「神社」の略称で比較的小さな規模の神社の社号です。

また、大きな神社から御祭神を勧請(かんじょう・神仏の分身、分霊をほかの地で祀ること)した神社に用いられます。

 

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八幡宮・天満宮・東照宮・権現・稲荷・明神の意味と違いとは?

社号の他に、「〇〇八幡宮」や「〇〇稲荷」などのように名前がついている神社もあります。

名前にどのような意味があるのか、ひとつずつみていきましょう。


八幡宮(はちまんぐう)

先述したとおり、「八幡宮」や、「天満宮」、「東照宮」などのように「宮(みや・ぐう)」がつく神社は、格式が高く、特別な由緒を認められた神社のことです。

「八幡宮」は、武運の神とされる八幡神(はちまんしん・やはたのかみ)を御祭神(ごさいじん・祀られている神様)とする神社のことで、八幡神社、八幡社、八幡さまと呼ぶこともあります。

八幡神は応神天皇(おうじんてんのう・第15代天皇)、比売神(ひめがみ・神道の女神のこと)、神功皇后(じんぐうこうごう・応神天皇の母)の3神のことです。

「八幡宮」は全国に約44,000社あるとされ、大分県宇佐市にある宇佐神宮が総本社で、通称「宇佐八幡」と呼ばれています。

725年に創建された宇佐神宮は、八幡宮の起源となったといわれており、伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟(そうびょう・祖先神を祀ったやしろ)として、奈良時代(710年~794年)から皇室の崇敬を受けてきました。


天満宮(てんまんぐう)

「天満宮」は、学問の神である菅原道真を御祭神とする神社のことです。

道真は仕事ができ、異例のスピードで出世していくのですが、それを良く思わなかった人たちによって、京から太宰府へ左遷され、亡くなったといわれています。

道真が亡くなった後、平安京では天変地異が相次ぎ、左遷に関わったとされる人々が次々に亡くなりました。

天変地異は道真の祟りと言われ、雷の神である「天神」と道真を関連付けて考えるようになり、京都に北野天満宮を建立して道真を鎮めようとしました。

「天満」という名前は、道真の神号(しんごう・神の称号、神格化されてからの呼び名)「天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)」から来たといわれています。

それ以降、大災害が起こるたびに日本各地に道真を信仰する神社が建立されたといわれています。

「天満宮」は「天神社」とも呼ばれ、全国に約12,000社あるとされ、京都府の北野天満宮が総本社です。

道真は優れた学者だったので、現在は「学問の神様」「受験の神様」と呼ばれています。


東照宮(とうしょうぐう)

「東照宮」は、徳川家康を御祭神とする神社のことです。

家康は、江戸幕府の初代将軍で、1616年6月に駿府城(現在の静岡県静岡市)で亡くなります。

家康の遺言に従って、ご遺体は久能山(静岡県静岡市)に運ばれ、東照社(現在の久能山東照宮)が建立され、家康は「東照大権現」の神号を与えられ神格化されます。

江戸幕府は、日光(栃木県日光市)にも東照社を建立し、家康の一周忌に、久能山から日光(栃木県日光市)にご遺体を移したといわれています。

家康のご遺体が久能山と日光のどちらにあるのか明確にはわかっておらず、ご遺体を移したのではなく、分霊(ぶんれい・神社の祭神の霊をほかに分けて祀ること)したという説もあります。

1645年に、「宮」の宣下(せんげ・天皇の命令)があり、「東照宮」と名乗るようになりました。

「日光東照宮」は「東照宮」の総本山とされていますが、正式名称は「東照宮」の三文字だけです。

しかし、他の東照宮と区別するために地名をつけて「日光東照宮」と呼ばれています。

 

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稲荷(いなり)

「稲荷」は、稲荷神(いなりしん・いなりのかみ)を祀る神社のことをいいます。

稲荷神は、日本における神のひとつで、稲荷大明神(いなりだいみょうじん)、お稲荷様(おいなりさま)、お稲荷さん(おいなりさん)とも呼ばれます。

古来より日本人は狐を神聖なものとして見ており、稲荷神社では白狐(びゃっこ)が神の使いとして祀られています。

白い毛を持つ白狐は、人々に幸せをもたらすと考えられており、神様と同じように人の目には見えない存在です。

稲荷神社は全国に3万社あるといわれ、総本社は京都の伏見稲荷大社です。

伏見稲荷大社の御祭神で、五穀をつかさどる農業神の宇迦之御魂(うかのみたま)は、奈良時代(710年~794年)の和銅4年(711年)2月に伊奈利山(いなりやま・京都市東山連峰)へ降臨されたといわれています。

その後、時の流れのなかで多くの人々の篤い信仰心によって「衣食住ノ太祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリ」と崇められ、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、交通安全、諸願成就の神様として全国で広く信仰されるようになりました。


権現(ごんげん)

「権現」は、人々を救うために仏や菩薩が、神や人など仮の姿でこの世に現れることを意味し、本地垂迹(ほんじすいじゃく)という考え方がもとになっています。

本地垂迹とは、神仏習合(しんぶつしゅうごう・552年の仏教の伝来により、神と仏を一緒に祀るようになった)の考え方のひとつで、日本の神々は、実は仏や菩薩が姿を変えて現れたのだというものです。

そのため、平安時代(794年~1185年)ごろには多くの仏様が神様と結び付けられ「〇〇権現」と呼ばれるようになったそうです。

しかし、江戸時代(1603年~1868年)になると神仏分離(しんぶつぶんり・神と仏は別々に祀ること)によって、神社とお寺、神様と仏様がはっきりと区別されるようになり、明治時代(1868年~1912年)に明治政府が出した神仏判然令(神仏分離令)によって神仏習合が禁止され「〇〇権現」という呼び方が禁止されたこともあり、「権現」は、現在は通称としてしか用いられていないようです。

有名なところでは、滋賀県大津市にある「日吉大社」が現在でも通称で「山王権現」と呼ばれています。


明神(みょうじん)

明神は、神様の称号のひとつで、神様が仮の姿ではなく明らかな姿で現れるという意味があります。

特に崇敬される神様は「大明神」と呼ばれることもありますが、同じ神様でも「明神」「大明神」の両方の呼び方があったりし、呼び方に明確な基準はないようです。

「権現」のところでも触れた「本地垂迹」という考え方により、明神は、仏や菩薩が姿を変えて現れたものとされ、仏教と関連していると考えられるようになったそうです。

明治政府が出した神仏判然令(神仏分離令)によって神仏習合が禁止されましたが、「権現」とは異なり「〇〇明神」「〇〇大明神」を禁止する項目はありませんでした。

明確に禁止されたわけではありませんでしたが、使用する神社は減少していったそうです。

現在は、「稲荷大明神」のように神様の称号として使うこともありますし、東京都の「神田明神」のように通称として用いる神社もあります。

神田明神の正式名称は「神田神社」です。

 

 

神社の名前には、それぞれ意味があることがわかりましたね。

日本各地に同じ名前の神社があるのを不思議に思っていましたが、同じ神様を祀っているということで、実はとてもわかりやすくなっていたのですね。

神社を参拝する時には、その神社がどのような神社なのかを調べてから行くと、より神様を身近に感じられるかもしれませんよ。

 

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