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「関西」「近畿」「畿内」「上方」「なにわ」の意味と違いとは?

京都府や大阪府のある地域の呼び方は「関西」「近畿」などいろいろありますよね?

意味や地域に違いはあるのでしょうか?

今回は「関西」「近畿」「畿内」「上方」「なにわ」の意味や違いについてわかりやすく解説します。

 

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「関西」とは?

読み方は「かんさい」です。

 

「関西」や「関東」の「関」とは、「関所(せきしょ)」のことです。

そして「関西」とは「関所の西の地域」を指し、「関東」とは「関所の東の地域」を指しています。

「関所」は、交通の要所や地域の境などに設置され、そこを通る人や物を監視する役目があり、江戸時代まで存在していました。



関所

関所


京都が日本の中心として権力があった時代は、現在の滋賀県の「逢坂の関所」よりも西を「関西」と呼んでいました。

 

鎌倉時代(1185年~1333年)になると、現在の

福井県の「愛発の関所」

岐阜県の「不破の関所」

三重県の「鈴鹿の関所」

の三カ所が関所になり、関所より西側を「関西」、東側を「関東」と呼びました。

 

そして、江戸時代(1603年~1868年)になると、現在の

神奈川県の「箱根の関所」

東京都の「小仏の関所」

群馬県の「碓氷の関所」

の三カ所が関所となり、現在の「関東」と同じ一都六県を「関東」と呼ぶようになりました。

 

それに対して京都・大坂を中心とする地域を「関西」と呼ぶようになったようです。

 

関西がどの範囲を指しているのか、法律などの明確な定義があるわけではありませんが、一般的には、大阪府、京都府、奈良県、兵庫県、滋賀県、和歌山県の二府四県を指しています。

ほかには、二府四県に広島県や岡山県を加えたり、福井県、鳥取県、徳島県を加えたり、福井県を加えたりすることもあるようです。

 

「近畿」とは?

読み方は「きんき」です。

 

「近畿」は「畿に近い場所」という意味です。

「畿(き)」は現代語に訳すと「都」という意味になり、都とは現在の京都のことです。

よって、近畿は「京都に近い場所」という意味になります。

 

「近畿」の範囲もまた、法律などの明確な定義はなく、一般的に大阪府、京都府、奈良県、兵庫県、滋賀県、和歌山県、三重県の二府五県を指しています。

 

「畿内」とは?

読み方は「きない」です。

 

江戸時代(1603年~1868年)までの律令制(りつりょうせい)では、日本は「五畿七道(ごきしちどう)」に分かれています。

そして、「五畿」のことを「畿内」といいました。

 

律令制の律は刑罰、令は政治経済などの一般行政に関する規定で、律令制とは、律と令を基本法とする中央集権制度のことを言います。

 

五畿(畿内)は江戸時代までの都(みやこ・現在の京都)周辺の以下の5つの地域です。

●山城の国(やましろのくに・現在の京都府南部)

●大和の国(やまとのくに・現在の奈良県)

●和泉の国(いずみのくに・現在の大阪府南西部)

●河内の国(かわちのくに・現在の大阪府南東部)

●摂津の国(せっつのくに・現在の大阪府北中部および兵庫県南東部)

 

明治時代(1868年~1912年)になってから、江戸時代まで「畿内」だった地域と周辺地域を合わせて「近畿」と呼ぶようになりました。

 

ちなみに、七道は五畿以外の

「東海道」

「東山道」

「北陸道」

「山陰道」

「山陽道」

「南道」

「西海道」

の7つの地域を指しています。

五畿七道

七道は都から伸びる街道の名前にも使われており、それぞれの「道」には多くの「国」がありました。

 

例えば「西海道」には

「薩摩の国(さつまのくに・現在の鹿児島県)」

「日向の国(ひゅうがのくに・現在の宮崎県)」

「肥後の国(ひごのくに・現在の熊本県)」

などがあります。

 

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「上方」とは?

読み方は「かみがた」です。

 

江戸時代に「畿内」は、「上方」とも呼ばれていました。

 

本来は都(現在の京都)のことを指し、天皇の住む都ということで敬意を表し「上」という漢字を用い上方と呼んでいましたが、次第に都周辺の「畿内」を「上方」と呼ぶようになりました。

現在は近畿地方を指す場合もあります。

 

近畿地方とは、すでに説明した通り、一般的に大阪府、京都府、奈良県、兵庫県、滋賀県、和歌山県、三重県の二府五県のことです。

しかし、法律などで定められているわけではありませんので、現在でも京都府だけを「上方」と呼ぶ人や、畿内の地域だった京都府や大阪府を「上方」と呼ぶ人などさまざまです。

 

「なにわ」とは?

なにわは漢字で「難波」「浪花」「浪華」「浪速」と書きます。

 

主に大阪府大阪市を指しますが、大阪府全域を指す場合もあります。

 

現在の「大阪」は、昔「大坂」と書いていました。

「大坂」は、大和川と淀川(現在の大川)の間を南北に横たわる上町台地の北端辺りを指し、戦国時代(1467年ごろ~1590年)の1496年に、蓮如(れんにょ・僧侶)が書いた手紙の中に「大坂」という地名が記載されており、それが最古の記録になっています。

蓮如が「大坂」と呼んだ地域は、もともと「なにわ(難波、浪花、浪華、浪速)」という名称で呼ばれていましたが、蓮如が大坂御坊(おおさかごぼう・石山本願寺の起源)を建立し、勢力を周辺に広げていったことから、「大坂」という地名が定着しました。

 

ちなみに、「大坂」が現在の漢字の「大阪」に改称されたのか明確な理由はわかっていません。

江戸時代のころから「大坂」と「大阪」が混用されるようになり、明治4年(1871年)には正式に「大阪」に改称されたそうです。

 

関連:大坂が大阪、箱館が函館に変わった理由とは?いつから変更になった?

 

「関西」「近畿」「上方」の違い

「関西」と「近畿」について明確な定義がないということはわかりましたが、一般的には、

「関西」は大阪府、京都府、奈良県、兵庫県、滋賀県、和歌山県の二府四県

「近畿」は大阪府、京都府、奈良県、兵庫県、滋賀県、和歌山県、三重県の二府五県

のことです。

 

よって、「関西」と「近畿」の違いは三重県を含むかどうかということになります。

 

「上方」は、江戸時代までは都(京都)を指していましたが、時の流れとともに京都とその周辺(畿内)まで広がり、現在は「近畿」を「上方」と呼ぶこともあります。

 

「近畿」「畿内」の違い

江戸時代まで「畿内(五畿)」と呼ばれていた地域が、明治以降、畿内と周辺地域を合わせて「近畿」と呼ばれるようになりました。

 

「畿内」と「上方」と「なにわ」の違い

一般的に「畿内」「上方」は京都周辺を指し、「なにわ」は大阪府(または大阪市のみ)を指しています。

 


 

それぞれの違いがわかりましたね。

「畿内」は江戸時代までの律令制で明確に定められていましたが、それ以外の「関西」「近畿」「上方」「なにわ」は特に定められていないため、団体や人によってさまざまなようです。

そのため、「徳島県は四国なのになぜ関西?」とか「北陸地方だと思っていたのに、福井県も関西なの?」とか、びっくりした人もいるかもしれませんね。

 

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