47都道府県・地方 日本語

【都道府県名の由来】47都道府県の名前の由来や語源とは?

日本には47都道府県があり、それぞれの都道府県名には由来や語源があります。

生まれ育った都道府県、現在住んでいる都道府県、将来的に移住したい都道府県など、人それぞれ縁の深い都道府県があると思いますが、その都道府県名の由来をご存知でしょうか?

47都道府県の名前の由来と語源についてわかりやすく解説します。

 

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Contents/目次

47都道府県、名前の由来と語源とは?

江戸時代までの日本は261の「藩(はん)」に分かれていましたが、明治4年(1871年)に「廃藩置県」が行われました。

廃藩置県とは、明治4年(1871年)に明治政府が行ったもので、中央集権国家とするためそれまで261あった「藩」の地方統治を廃止し、府県を置くことで政府が直接全国を治めるようにした行政改革のことです。

廃藩置県で3府と302県になりましたが、何度か合併や分割を繰り返し、昭和22年(1947年)に現在の1都1道2府43県=47都道府県になりました。

廃藩置県からおよそ150年経過していることや、何度か合併や分割を繰り返す中で名前の由来がよくわからなくなったもの、諸説あるもの、詳細が不明のものなどがありますので、そのあたりをご考慮の上ご覧ください。

 

北海道の名前の由来

北海道の名付け親は松浦武四郎(まつうらたけしろう・1818年~1888年、探検家、浮世絵師)ですが、名前の由来には諸説あります。

 
■6つの候補から命名したという説

松浦武四郎が蝦夷地(えぞち・北海道のこと)の命名をする際、以下の6つの候補を出したそうです。

●日高見道(ひたかみどう)

●北加伊道(きたかいどう)※「ほっかいどう」と読む説もあります。

●海北道(かいほくどう)

●海島道(かいとうどう)

●東北道(とうほくどう)

●千島道(ちしまどう)

そして、最終的に「北加伊道」と「海北道」を折衷して「北海道(ほっかいどう)」と命名したという説があります。

 

 
■アイヌ民族に関係しているという説

松浦武四郎が候補の中で最も推したのが「北加伊道」といわれています。

北海道の先住民族であるアイヌ民族が自分たちのことを「加伊(かい)」と呼んでいたことと、広い土地を意味する「道」から、「北にある加伊の住む土地」という意味を込め「北加伊道」としたそうです。

「加伊」とは、アイヌ語で「その土地に住む人」や「この地に生まれた人」などの意味があります。

そしてその後、明治政府が「加伊」を「海」に変えて「北海道」にしたという説です。

 

 
■「五畿七道(ごきしちどう)」に倣(なら)って命名したという説

五畿とは、都(みやこ・現在の京都)に近い5つの国のことで、七道とはそれ以外の7つの地域を指しており、都から伸びる街道の名前にも使われています。

明治2年(1869年)、明治政府が北海道を8つめの道として新設し、「五畿八道」となったのですが、その際、松浦武四郎が8つ目の道を「五畿七道」の「七道」に倣って「北海道」と命名したという説があります。

七道は以下のとおりです。

●東海道

●東山道

●北陸道

●山陰道

●山陽道

●南海道

●西海道

 

青森県の名前の由来

江戸時代まで青森県は弘前(ひろさき)藩と呼ばれていました。

 

江戸時代の初めごろに弘前藩が港町を開発する際、港の目印になっていた青々とした森のある小高い丘を「青森(のちの青森町)」と名付けたそうです。

廃藩置県当初は「弘前県」でしたが、その後県庁が青森町に移設され県名も「青森県」に変更されました。

 

岩手県の名前の由来

盛岡市に伝わる「鬼の手形伝説」が由来です。

 

その昔、人々を困らせる鬼が岩手県にいたそうです。

人々が信仰の対象としていた「三ツ石様(みついしさま)」と呼ばれる3つの大きな岩に祈りを捧げると、三ツ石様は鬼を岩に縛り付け、二度と悪さをしないと約束させました。

この約束の証として岩に鬼の手形を残させたのが「岩手」の由来といわれています。

 

宮城県の名前の由来

廃藩置県当初は「仙台県(せんだいけん)」と呼ばれていましたが、その後「宮城県」に改められました。

 

「宮城」の由来は諸説あります。

 
■宮城郡が由来という説

仙台城の城下町として栄えた宮城郡(現在の仙台市)に県庁が置かれたので、群名を由来にしたという説があります。

「宮城」は「湿地」を意味する古い言葉だといわれています。

 

 
■多賀城が由来という説

多賀城(現在の多賀城市)に朝廷(宮)の地方機関が置かれていたので「宮城」と呼ばれるようになったという説があります。

 

 
■塩釜神社が由来という説

神社を「お宮(おみや)」と呼んでいたことから塩釜神社(塩釜市)を指す「宮」と接尾辞(せつびじ・独立した一語としての機能をもたず、一語の後ろにつく文字)である「ぎ」を合わせて「宮城」となったという説があります。

 

 
■多賀城と塩釜神社が由来という説

塩釜神社を指す「宮」と、多賀城の「城」を組み合わせて「宮城」になったという説があります。

 

秋田県の名前の由来

古くからある地名「秋田郡」が由来といわれています。

 

もともと「顎(あご)」に似た地形だったことから「齶田(あぎた)」という地名で呼ばれていましたが、いつしか「あきた」と呼ばれるようになったそうです。

そして、低湿地で農業に不向きな「悪田(あくでん)」を意味する「飽田(あきた)」にとなり、さらに奈良時代に「秋田」という漢字が当てられたといわれています。

 

また、秋田郡の中心となる地域が周囲より高い場所にあったことから、周囲より高いという意味の「上げ」が転じて「あぎ」、場所という意味の「と」が転じて「た」となり、「あぎた」と呼ばれており、それに「秋田」という漢字が当てられたという説もあります。

 

「秋田」という漢字の由来は定かではありません。

 

山形県の名前の由来

古くからある地名「山方郷(やまがたごう)」が由来といわれています。

 

「山方」には「山の近く」や「山のふもと」という意味があります。

どの山を指しているのかは不明ですが、今の山形市より見て南のほうに山岳信仰で知られた蔵王(ざおう)、月山(がっさん)、吾妻山(あずまやま)など多くの山があり、山形県のおよそ7割を山地が占めています。

 

昔は地名の漢字表記が一定ではなく、「山県」「山方」「山形」などの表記がありましたが、いつしか「山形」になりました。

 

福島県の名前の由来

「福島」の由来は諸説あります。

 
■福島城が由来という説

現在の福島県庁が建っている場所には福島城がありました。

福島城は阿武隈川(あぶくまがわ)と荒川(あらかわ)の合流点の近くにあり、三方を川で囲まれていました。

この地形を「島」に見立て、縁起の良い「福」を合わせ「福島城」と名付けたのが名前の由来といわれています。

 

 
■吹島が由来という説

福島盆地は霧がかかりやすく、霧がかかった時に見下ろすと、信夫山(しのぶやま・福島県福島市の中心市街地北部にある山)が盆地の中心に浮かぶ「島」のように見えていました。また他にも、昔このあたりは湖があったので信夫山が「島」のように見えていたともいわれています。

そして、信夫山には奥羽山脈からの「吾妻おろし(あずまおろし)」と呼ばれる強い季節風が吹くことから「吾妻おろしが吹く島」=「吹島」となり、「吹」に縁起の良い「福」という漢字を当て「福島」になったという説があります。

 

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茨城県の名前の由来

古くからある地名「茨城郷(いばらきごう)」が由来といわれています。

 

「茨(いばら)」は棘(とげ)のある植物の総称です。

奈良時代に編纂された「常陸国風土記(ひたちのくにふどき)」によると、黒坂命(くろさかのみこと)という武将が、朝廷に従わない豪族を退治するため、茨で彼らの住処(すみか)である穴や洞窟を塞いだとか、賊から人々を守るために茨の城を築いたことが由来といわれています。

 

栃木県の名前の由来

「栃木」の由来は諸説あります。

 
■トチノキが由来という説

落葉広葉樹であるトチノキ(栃の木)がたくさん生えていたとう説があります。

 

 
■十千木(とおちぎ)が由来という説
千木と鰹木

千木と鰹木


栃木市にある神明宮(しんめいぐう)という神社には、社殿の屋根に2組の千木(ちぎ)と8本の鰹木(かつおぎ)があり、合わせて10本あることから「十千木(とおちぎ)」と呼ばれるようになったことが由来という説があります。

千木と鰹木は、神社の屋根に取り付ける木材の名前です。

 

 
■地形が由来という説

昔、栃木市内を流れる巴波川(うずまがわ)は、たびたび氾濫していました。

そのことから「氾濫によってちぎれた地形=ちぎる」に接頭語(せっとうご)である「と」がついて「とちぎ」になったという説があります。

 

群馬県の名前の由来

古くからの地名「群馬郷(ぐんまごう)」が由来といわれています。

 

この辺りは馬を飼育する牧場が多かったことから「群馬」と呼ばれるようになったといわれています。

もともとは「群馬=くるま」と読み、「車(くるま)」や「車馬(くるま)」という表記もあったそうです。

 

埼玉県の名前の由来

行田市にある「前玉神社(さきたまじんじゃ)」が由来といわれています。

 

「前玉(さきたま)」は、人々に幸福をもたらす神の魂を意味する「幸魂(さきみたま)」が語源といわれています。

平安時代頃に「さきたま」が「さいたま」と変化したようです。

平安中期の辞書である「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」に「埼玉」という表記が出てきますが、漢字の由来や意味は不明です。

 

千葉県の名前の由来

このあたりは植物が沢山生い茂るところだったことから「千葉」になったという説があります。

「千」は数が多いことを意味し、「葉」は植物を意味するそうです。

 

他にも、稲の仲間である茅(ちがや)が生い茂っていたことから「茅生=ちぶ」と呼ばれ、それが転じて千葉になった説もあります。

 

東京都の名前の由来

東京は「東にある京(みやこ)」という意味があります。

 

「京」という字には「天皇が住むところ」という意味があり、江戸時代まで京は京都にありました。

慶応4年(1868年)に「江戸」から「東京」になり、同年に天皇は京都から東京へ移り遷都(せんと・都を移すこと)が行われました。

 

神奈川県の名前の由来

「神奈川」の由来は諸説あります。


■上無川(かみなしがわ)が由来という説

昔、このあたりに水量が少なく、水源地が定かではない「上無川(かみなしがわ)」と呼ばれる川があったそうです。

それがいつしか「かながわ」になり、「神奈川」という漢字を当てたという説があります。

上無川がどこにあったのか、現存するのかなどは定かではありません。

 

 
■金川(かねかわ)が由来という説

現在、横浜市を流れる「帷子川(かたびらがわ)」は、昔は鉄分が多く含まれていたことから「金川(かねかわ)」と呼ばれていたそうです。

その後「かねかわ」が訛って「かながわ」になり「神奈川」という漢字を当てたといわれています。

 

 
■曲がった川が由来という説

帷子川は湾曲しているので「かねがわ(曲がった川という意味)」と表現されたことが名前の由来になったという説があります。

その後、「かねがわ」が「かながわ」に変化し「神奈川」という漢字を当てたといわれています。

 

いずれも、なぜ「神奈川」という漢字が当てられたのかは不明です。

 

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新潟県の名前の由来

「新潟」の由来は諸説あります。

 
■新しい潟ができたことが由来という説

信濃川の河口に新しい潟(かた・沼地)ができたので「新潟」と名付けられたという説。

 

 
■新しくできた潟の港が由来という説

信濃川の河口に新しくできた潟に港が作られたことから「新潟」と名付けられたという説。

 

 
■新方が由来という説

信濃川の河口付近に新しくできた集落を「新方(にいかた)」と呼んでいたのが、訛って「にいがた=新潟」になったという説。

 

富山県の名前の由来

「富山」の由来は諸説あります。

 
■重要な地域から見て外側にあったからという説

経済や政治などの重要な地域だった放生津(ほうじょうづ・現在の富山県射水市)から見て、呉羽丘陵(くれはきゅうりょう)のその外側にあったから「外山」になったといわれています。

呉羽丘陵は、富山市西部に位置し富山平野を東西に分ける丘陵です。

その後、富山城(富山県富山市)を築城する際、縁起の良い「富山」という漢字を当てたといわれています。

 

 
■山が富んでいるからという説

立山連峰などの山が見えることから、「山が豊か=山が富んでいる=富山」となったという説。

 

 
■富山寺が由来という説

古くからある真言宗の寺院「富山寺(ふせんじ・富山県富山市)」から「富山(とやま)」という地名になった説。

 

石川県の名前の由来


 

手取川(てどりがわ・石川県の白山市などを流れて日本海へ注いでいる一級河川)が由来といわれています。

手取川は、上流から石が多く流れるので通称「石川」と呼ばれており、この通称が県名になったといわれています。

 

福井県の名前の由来

江戸時代のはじめごろまで現在の福井市あたりは「北ノ庄(きたのしょう)」という地名でした。

福井藩三代当主の松平忠昌(まつだいらただまさ・1598年~1645年)が藩主になる際、「北」という字が敗北を連想するので縁起のいい「福が居る=福居(ふくい)」に改名し、いつしか「福井」になったといわれています。

 

他にも松平忠昌が「北ノ庄」を改名する際、城内に「福の井」という井戸があったことから「福井」に改名したという説もあります。

しかし、「福井」という漢字になったのは18世紀初頭と考えられており、この説だと時代が合いません。

 

山梨県の名前の由来

「山梨」の由来は諸説あります。

 
■和ナシが由来という説

食用として栽培される和ナシの野生種である「山梨(やまなし)」または「日本山梨(にほんやまなし)」がたくさんとれたからという説。

 

 
■山平が由来という説

山をならして田畑を作り村ができたので「山平(やまならし)」が「やまなし」になり「山梨」という漢字を当たという説。

 

 
■山無しが由来という説

甲府平原には山が無いので「山無し(やまなし)」となり「山梨」という漢字を当てたという説。

 

長野県の名前の由来


 

長野盆地は細長い形をしているので「長い平野・長い野」から「長野」になったといわれています。

 

岐阜県の名前の由来

織田信長が稲葉山城(いなばやまじょう・現在の岐阜城)を「岐阜城」と改名したのが由来といわれています。

 

1567年、織田信長が稲葉山城に入城する際、教育係だった沢彦宗恩(たくげんそうおん・生年不明~1587年、臨済宗妙心寺派政秀寺の僧侶)に城を改名するので良い名前はないかと尋ねたところ「岐山(きざん)」「岐陽(きよう)」「曲阜(きょくふ)」の三つ名前を提案したそうです。

そして、信長がこの中の「岐山」と「曲阜」を組み合わせて「岐阜」にしたという説や、三つすべてを組み合わせて「岐阜」にしたという説があります。

 

 

「岐山」「岐陽」「曲阜」は中国では縁起が良い土地とされています。

 

「岐山」は、中国の陝西省(せんせいしょう)にある山で、周王朝(紀元前1046年頃~紀元前256年)になるときに鳳凰(ほうおう)が舞い降りたといわれています。

 

「岐陽」は、岐山の南にある土地で、周王朝二代目の王であり、周を確立した成王(せいおう・在位期間紀元前1042年~紀元前1021年)が狩りを行った場所といわれています。

 

「曲阜」は、中国の山東省(さんとうしょう)にある地名で、孔子が生まれた土地として有名です。

 

 

また、他にも沢彦宗恩が「岐山」「岐陽」「岐阜」の三つを提案し、信長が「岐阜」を選んだという説もあります。

信長が入城するよりもずっと前から、僧侶たちの間では「岐山」と「曲阜」を組み合わせて「岐阜」と呼んでいたといわれています。

 

静岡県の名前の由来

賤機山(しずはたやま・静岡県静岡市)の別名「賤ヶ丘(しずがおか)」が由来といわれています。

 

そして、「賤」という漢字が「賤しい(いやしい・身分、社会的地位が低いこと)」とも読めることから「静」に変更し「静岡」となったといわれています。

なぜ「岡」という字になったのかは不明です。

 

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愛知県の名前の由来

万葉集に収録されている高市黒人(たけちのくろひと・生没不明、飛鳥時代の官人、歌人)の歌が由来です。

 

「桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟 潮干にけらし 鶴鳴き渡る」

(さくらだへ たづなきわたる あゆちがた しおひにけらし つるなきわたる)

 

「桜田の方へ鶴が鳴いて飛んでいく。年魚市潟(あゆちがた)は潮が引いたらしい。鶴が鳴いて飛んでいく」という歌で、「年魚市潟(あゆちがた)」の「あゆち」が「あいち」に転じ、「愛知」という漢字を当てたといわれています。

年魚市潟は、愛知県名古屋市南区あたりにあった入り江のことで、現在は埋め立てられています。

名古屋市緑区の白毫寺(びゃくごうじ)には、かつての年魚市潟を展望できる場所として「年魚市潟景勝」の碑が立っています。

 

なぜ「愛知」という漢字を当てたのかは不明です。

鎌倉時代ごろから「愛知」と「愛智」という漢字表記がから使われており、江戸時代に入ってから「愛知」が一般的になったようです。

 

三重県の名前の由来

日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの土地(のちの三重県)を訪れた際に、

「吾が足は 三重の勾がりの如くして 甚だ疲れたり」

(わがあしは みえのまがりのごとくして はなはだつかれたり)

と言ったと「古事記」に書かれており、このこと名前の由来といわれています。

 

「私の足は三重に折れ曲がったようになっていて、とても疲れた」という意味です。

 

この時、日本武尊は東方遠征を終えて、現在の三重県桑名市から亀山市へ向かう途中で、病を患って衰弱していたそうですが、養生をしながら歩み続けたそうです。

 

滋賀県の名前の由来

古くからの地名「志賀郡(しかのこおり)」が由来といわれています。

 

「しか」は、石が多いところという意味の「石処(しか)」が由来という説や、湿地帯や砂州(さす・流水によって形成される砂地)を意味する「砂処(すか)」が転じたという説があります。

「砂処」は琵琶湖の低湿地を指しているといわれています。

 

「滋賀」の他にも「志加」「志我」「志賀」「四賀」「然」などの表記がありましたが、いつしか「滋賀(しが)」が定着したようです。

 

京都府の名前の由来

中国では古くから首都のことを「京(きょう)」「京師(けいし)」「京都(けいと)」などと呼んでいたことから、平安時代ごろに「京都(きょうと)」と呼ぶようになったそうです。

 

日本では「京」という字には「天皇が住むところ」という意味があり、江戸時代まで京は京都にありました。

慶応4年(1868年)に天皇が京都から東京へ移り、遷都(せんと・都を移すこと)が行われました。

 

大阪府の名前の由来

大きな坂があったことから「大坂」になったといわれています。

その坂は上町台地(うえまちだいち・大阪平野を南北に延びる丘陵地、台地)だと考えられています。

 

江戸時代(1603年~1868年)に「坂」の字を分解すると「土に反る=死んで土にかえる」となり縁起が悪いことから「大阪」と書くようになり、当時は「大阪」と「大坂」が混用されていたようです。

 

明治4年(1871年)に明治政府により正式に「大阪」となりました。

その理由は「武士の反乱を連想する『坂』という漢字を避けた」とか「単純に書き間違えたのが定着してしまった」という説がありますが、明確な理由はわかっていません。

 

読み方も「おさか」「おおざか」などあったようですが「おおさか」に定着しました。

 

兵庫県の名前の由来

飛鳥時代に、兵器を格納する倉庫である「兵庫(つわものぐら)」がこの土地にあったのが名前の由来といわれています。

 

奈良県の名前の由来

「なら」は平らにするという意味の「均す(ならす)、平す(ならす)」が由来で、緩やかな傾斜の平らな土地を表しているといわれています。

 

平安時代ごろまで「なら」は「奈良」のほかに、「平」「乃楽」「名良」「平城」「奈羅」など多くの表記がありましたが、いつしか「奈良」が定着したようです。

 

和歌山県の名前の由来

1585年に豊臣秀吉(とよとみひでよし・1537年~1598年)がこの地に城(和歌山城)を築く際、古くからの名勝地である「和歌浦(わかのうら・和歌山市南西部に位置する景勝地)」にちなんで「和歌山」と命名したといわれています。

 

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鳥取県の名前の由来

奈良時代ごろ、現在の鳥取市付近の湖や沼には水鳥がたくさんいたそうです。

そして、水鳥を捕まえる仕事をする人を「鳥取部(ととりべ)」と呼びますが、この周辺に鳥取部が多く住んでいたことから「鳥取(とっとり)」と呼ぶようになったといわれています。

 

島根県の名前の由来

古くからの地名「島根郡(しまねぐん)」が由来といわれています。

 

島根半島の地形が、山が島状に連なっているように見えることから「島嶺(しまね)」と表現されていたのが、いつしか「島根」という漢字表記になったようです。

島根半島は島根県の北東に位置し、北側を日本海、東側を美保湾、南側を中海(なかうみ)、宍道湖(しんじこ)に囲まれた半島です。


 

岡山県の名前の由来

現在の岡山城(岡山市北区)のある場所に存在した小高い丘を「岡山」と呼んでいたことが県名の由来です。

 

宇喜多秀家(うきたひでいえ・1572年~1655年、安土桃山時代の武将、大名)がこの地に城を築き、城下町も含めた周辺一帯を「岡山」と呼ぶようになったといわれています。

 

広島県の名前の由来

毛利輝元(もうりてるもと・1553年~1625年、安土桃山時代の武将、大名)がこの地(のちの広島県)に広島城(広島県広島市)を築く際、「広島」と命名しました。

毛利氏の祖先である大江広元(おおえのひろもと・1148年~1225年、平安時代末から鎌倉時代初めの貴族)の「広」と、福島元長(ふくしまもとなが・戦国時代の武将、詳細不明)の「島」を合わせたといわれています。

また、太田川(おおたがわ・広島市街地を流れる一級河川)の河口には多くの島があり、島が広がっているように見えることが名前の由来という説もあります。

 

山口県の名前の由来

県名の由来は「山の入り口」から来ていますが、その山がどこなのかは諸説あります。

 
■鉱山の入り口が由来という説

東鳳翩山(ひがしほうべんざん・山口県山口市と山口県萩市に跨る標高734.2mの山)にあった鉱山の入り口付近が「山口(やまぐち・山の入り口という意味)」と呼ばれていたことが由来という説。

 

 
■山道の入り口が由来という説

長門の国(ながとのくに・現在の山口県西部の昔の呼び方)に通じる山道の入り口を「山口」と呼んでいたことが由来という説。

 

徳島県の名前の由来

蜂須賀家政(はちすかいえまさ・1558年~1639年、戦国時代の武将、大名)がこの地に徳島城を築く際、「徳島」と命名しました。

縁起の良い「徳」と、徳島城がある場所が吉野川(よしのがわ・高知県と徳島県を流れる一級河川)の河口で、川に囲まれた三角州だったので「島」に見えたことが由来です。

 

香川県の名前の由来

「香川」の由来は諸説あります。

 
■樺の木が由来という説

樺の木(かばのき・カバノキ科カバノキ属の樹木の総称)の古木がこの地を流れていた川(どこの川かは不明)に落ち、その川が樺の木の香りに包まれていたことが由来という説。

 

 
■枯川が由来という説

このあたりに夏になると水が枯れてしまう「枯川(かれかわ)」があり、それが訛って「かがわ」となり、「香川」という漢字を当てたという説。

 

 
■温泉が由来という説

「香」は温泉の香り、「川」は温泉(どこの温泉かは不明)を指しているという説。

 

愛媛県の名前の由来

「古事記」の国生み神話に「伊予の国を愛比売といひ(いよのくにをえひめといい)」と書かれています。

国生み神話とは、伊邪那伎(いざなき)と伊邪那美(いざなみ)の夫婦神が、日本の国土を産み、多くの神々を産んだという神話です。

 


 

夫婦神によって「伊予之二名嶋(いよのふたなのしま)」と呼ばれる島が誕生し、その島には4つの顔があったそうです。

それぞれの顔は神様で次のように名前がつけられたそうです。

 

●伊予の国(いよのくに・現在の愛媛県)=「愛比売(えひめ)」という名の女神

●讃岐の国(さぬきのくに・現在の香川県)=「飯依比古(いひよりひこ)」という名の男神

●阿波の国(あわのくに・現在の徳島県)=「大宣都比売(おほげつひめ)」という名の女神

●土佐の国(とさのくに・現在の高知県)=「建依別(たけよりわけ)」という名の男神

 

そして、「愛比売」という漢字がいつしか「愛媛」に変化したといわれています。

愛媛県は全国で唯一、県名に神様の名前が付けられています。

 

高知県の名前の由来

山内一豊(やまうちかずとよ・戦国時代の武将、大名、土佐藩初代藩主)が築城した「河中山城(こうちやまじょう・現在の高知市にある高知城のこと)」が由来といわれています。

 

高知城は、鏡川(かがみがわ・高知市を流れる二級河川)と江ノ口川(えのくちがわ・高知市を流れる川)に挟まれた場所=河の中に築城されたことから「河中山城」と名付けられました。

ふたつの川に挟まれていることから水害が多く、「河中」が水害を連想させて不吉だということで「河中山城」から「高智山城(こうちやまじょう)」に改称され、いつしか「高知城」となり、周辺も「高知」という地名になったそうです。

 

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福岡県の名前の由来

黒田長政(くろだながまさ・1568年~1623年、安土桃山時代から江戸時代初期の武将、大名、福岡藩初代藩主)が築城した「福岡城」が由来といわれています。

 

関ヶ原の戦い(1600年)で功績を残した黒田長政は博多やその周辺地域を治めることになったときに、自分が生まれた備前国邑久郡福岡(びぜんのくにおくぐんふくおか・現在の岡山県長船町)にちなんで「福岡城」と名付け、周辺も「福岡」と呼ばれるようになりました。

 

佐賀県の名前の由来

もともとは「佐嘉」という表記だったのですが「佐賀」も使われるようになり、明治時代に「佐賀」に統一されました。

 

奈良時代初期の「肥前国風土記(ひぜんのくにふどき・文化や歴史などを記した書物)」によると、その土地(のちの佐賀県)の中心部に大きなクスノキが栄え繁っているのを見た日本武尊(やまとたけるのみこと)が「この国は栄の国(さかえのくに)」と呼ぶがよい」と言ったと書かれています。

「栄の国」の「栄(さかえ)」が「さが」に変化して「佐嘉」という漢字を当てたといわれています。

 

長崎県の名前の由来

「長崎」の由来は諸説あります。

 
■長崎氏が由来という説

この土地(のちの長崎県)を治めていた長崎氏(九州千葉氏の流れを汲む氏族)にちなんで名付けられたという説。

 

 
■野母崎半島が由来という説

野母崎半島(のもざきはんとう・長崎県南部に突出する長崎半島の最西南端)のことを地元の人たちは長崎弁で「長か岬(ながかみさき・長い岬という意味)」と呼んでいたそうです。

そして「ながかみさき」が「なんかみさき」になり、さらに「ながさき」に変化し、「長崎」という漢字を当てたという説があります。

 

熊本県の名前の由来

「隈本」が由来といわれています。

 

もともとは曲がりくねった川のほとりという意味で「曲本(くまもと)」と書いていました。

この川は白川(しらかわ・熊本県中北部を流れる一級河川)のことだと考えられています。

 

その後、「曲」は「曲者(くせもの)」を連想させイメージが悪いので「曲がりくねったところ」「入り組んだところ」という意味の「隈」という字を当て「隈本」となったといわれています。

 

そして、加藤清正(かとうきよまさ・1562年~1611年、安土桃山時代から江戸時代にかけての武将、熊本藩初代藩主)がこの地にお城(熊本城)を築城する際、「隈本」という漢字はに「畏(おそれる、かしこまる)」という字を含むため、城の名前に相応しくないということで「隈本」を「熊本」に変えたそうです。

 

他にも「くま」が「低地と高地の入り組んだ地形」で、「もと」が「中心地」を意味しているという説や、「くま」が「崖下」で「もと」は湿地を意味する「むた」が転じた語であるという説などもあるようです。

 

大分県の名前の由来

奈良時代初期の「豊後国風土記(ぶんごのくにふどき)」によると、景行天皇(けいこうてんのう・12代天皇、実在したとすれば4世紀)がこの地(のちの大分県)を訪れた際、「広大なる哉、この郡(こおり・行政区画)は。よろしく碩田国(おほきたのくに)と名づくべし(広くて大きい土地なので、碩田国と名付けよ)」と言ったと書かれています。

 

「碩田(おほきた・現代語ではおおきた)」の「おお」は「大」、「きた」は古語で田畑の広さを表す単位として使われていた「段」を意味することから、碩田は「大きな段=広々とした田畑、広くて大きい土地」という意味になります。

さらに「きた」は「段」だけでなく「分」という漢字で表記されることもあったため「おおきた=大分」になり、「おおきた」という読み方がいつしか「おおいた」になったといわれています。

 

宮崎県の名前の由来

神武天皇(じんむてんのう・初代天皇)を祀る「神武天皇社(じんむてんのうしゃ・現在の宮崎神宮、宮崎県宮崎市)」が由来といわれています。

 

「宮」は神宮や神社のことで神武天皇社を指し、「崎」は神社周辺を意味する「前(さき)」から、もともとは「宮前」だったそうです。

その後「宮前」が「宮崎」に変化したといわれています。

 

「宮」は他にも「奈古神社(なごじんじゃ・宮崎県宮崎市)」や「江田神社(えだじんじゃ・宮崎県宮崎市)」などほかの神社を指しているともいわれています。

 

鹿児島県の名前の由来

「鹿児島」の由来は諸説あります。

 
■崖が由来という説

「かご」には崖という意味があり、四方を崖に囲まれた桜島(さくらじま・鹿児島湾にある火山)は昔「かご島」と呼ばれていたといわれており、それがいつしか「鹿児島」になったという説。

 
■桜島の火山ガスの匂いが由来という説

桜島の火山ガスの匂いから「嗅島(かぐしま)」と呼ばれていたのがいつしか「鹿児島」になったという説。

 
■水夫が由来という説

多くの水夫(かこ・舟をこぐ人のこと)が住んでいたので「鹿児島」になったという説。

 
■鹿の子どもが由来という説

このあたりは鹿が多く生息し、鹿の子ども(鹿児)が多くいたこから「鹿児島」になったという説。

 

沖縄県の名前の由来

「沖縄」の由来は諸説あります。

 
■沖合の漁場が由来という説

「おき」は「沖(おき・岸から離れた場所)」や「遠い」を意味し、「なわ」は漁場を意味する「なば」が変化したもので、「沖縄=沖合の漁場」が由来という説。

 

 
■遠い場所が由来という説

「おき=沖、遠い」「なわ=場所」を意味し「沖縄=遠い場所」が由来という説。

 

 
■魚がたくさんとれる海が由来という説

「おき=海」「なわ=漁場」を意味し「沖縄=魚がたくさんとれる海」が由来という説。

 

いずれも、どのような経緯で「縄」という漢字になったのかは不明です。

 


 

みなさんと縁の深い都道府県名の由来はどんなものでしたか?

廃藩置県からおよそ150年が経過していますし、中には廃藩置県よりもずっと前、奈良時代や神話の時代の地名が由来になっているもあるため、由来がはっきりしない都道府県もありましたね。

新しく文献や史料が発見されたり、研究が進んでいくと、もしかしたら、都道府県の名前の由来がはっきりする時が来るかもしれません!

 

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